キリストが馬小屋で生まれた場面を再現しているベレン(Belén)をご存じでしょうか。イタリアで生まれスペインにも伝わり、そして新大陸アメリカ諸国にも伝わって、各国で様々なスタイルのベレン(Belén)が生まれました。
現在、スペインも他の先進国同様に、日常生活の中からどんどん宗教色が消えていっています。私が初めにスペインに来た30年程前は、クリスマスの時期には殆どの街の広場や店先ではこのスペインのクリスマスを代表していたベレン(Belén)が飾られていました。今では、サンタクロースやクリスマスツリーに取って代わられ、このキリスト降誕の場面を再現する人形が店のショーケースや広場を飾ることは珍しくなってきています。それでも、ベレンはやっぱりスペインのクリスマスにはなくてはならない飾りです。今回は、日本ではほとんど見ることのできないベレンを紹介します。

ベレン(Belén)の起源
最初のキリスト誕生場面は、ローマ時代のカタコンベに描かれたフレスコ画にあるそうです。聖母マリアが幼子イエスを胸に抱き、その前には、東方の三博士が、マントも帽子も冠もなく、短いチュニック姿で描かれています。(ナショナルジオグラフィックより)
その後、かなり時代が下り、8世紀以降になると、イエスの誕生と復活が街の広場で風俗的な場面として描かれるようになりました。こうした大衆演劇的な表現は、次第に多くの登場人物を取り込むようになったそうです。面白い事には、教皇イノセント3世(在位:1198年~1216年)はこれを極めて低俗なものとみなし、大いに批判したそうです。今では、必ずと言ってよいほどスペインの教会ではベレンが飾られているので、教皇イノセント3世が見たら嘆かわしい!と驚愕されるかもしれません。
でも、まだこの時代のキリスト誕生場面は演劇的なものまたは教会の中で飾られるキリスト降誕場面のみの簡易なものでした。現在の形の様にキリスト降誕場面のみではなく、その周りの街の様子や人々の様子などをまるで舞台演劇のように生き生きと表現するようなものではありませんでした。

人形によるベレン(Belén)の起源
では、現在のようなベレン(Belén)、つまり人形を使ってキリスト誕生場面を表すようになったのは何時からなのでしょうか。
カトリック修道会の一つであるフランシスコ会の創始者アッシジのフランシスコが1223年に、イタリアのラツィオ州にあるグレッチオ村で伝道のために、村にあった洞窟に最初のキリスト誕生の場面を作ったのが始まりだと言われています。
飼い葉桶、わら、動物を提供した封建領主ジョヴァンニ・ヴェリタの助けを借りて、フランシスコは、教会の鐘を鳴らして村の住民を呼び集めました。この地方の冬は寒さが厳しかったため、赤ん坊のイエスの姿は人形に置き換えられましたが、聖母マリアとヨゼフ、そして動物たちは生きている本物でした。聖書には言及されていませんが、現実味を帯びさせるために雄牛と雌のラバを参加させたと言われています。
イエスの誕生の時刻になると、人形は息を吹き返し、泣き出したという伝説が残っています。また他の伝説によると、人形は泣く代わりに微笑み、聖人フランシスコに向かって腕を伸ばしました。

ここでもまだ、人形は幼子イエスだけで他の登場人物は生きた人間が演じていました。しかし、これを境に一気に人形によるキリスト誕生を再現した場面が作られるようになりました。そして、14世紀から15世紀にかけてイタリアの各都市では、クリスマスのお祝いに教会がキリスト降誕の場面で飾られるようになったそうです。
バロック時代のベレン(Belén)
17世紀初頭から始まったヨーロッパのバロック時代には、キリスト降誕場面を人形によって表現して飾るという伝統が教会のみではなくイタリアの富豪の邸宅にも伝わりましたが、やがて平凡な家庭でも領主たちの真似をするようになり、キリスト降誕場面をクリスマスシーズンには家に飾るようになりました。
現在でも伝わっている18世紀のナポリ王国の街を背景にしたキリスト降誕シーンは有名です。それは、当時のナポリの環境を反映して、聖なるものと俗世を混ぜ合わせて表現されていて、とても活気のあるものでした。いわゆる、聖母マリア、聖ヨゼフと飼い葉おけに眠る幼子イエス、そして救い主が生まれたことを天使から知らされて拝みに来た羊飼いたちと、馬、ラバ、羊や犬等の動物が出てくる場面のみの宗教的な意味合いだけではなく、ナポリの街を再現したものや街の人気者のや大道芸人等も登場させたり、パン屋、肉屋、粉をひく水車等も飾ったりして、大掛かりで芸術性の高いものも現れてきました。

イタリアからスペインへ
さて、主にイタリアのナポリ王国で発展していったこのクリスマスの飾りは、どうやってここスペインに渡って来たのでしょうか。少し、歴史を紐解いていくと、18世紀のナポリ王国はスペインが統治していて、ナポリ王国の王はスペイン生まれのカルロス3世が統治していました。カルロス3世は、スペイン王を継いでいた兄が子がないまま他界したので、ナポリからスペインに呼び戻され1759年にスペイン国王として王位につきました。そして、ナポリからスペインに戻る際に、カルロス3世自身とその妻がクリスマスにキリスト降誕場面を飾るというナポリの伝統をこよなく愛していたため、スペインまで持っていき紹介したことでスペインでもその伝統が始まりました。
カルロス3世についてはこちらもどうぞ。
スペインの家庭にも広がったベレン(Belén)
カルロス3世がスペインにベレン(Belén)を紹介して以来、貴族の間で流行して貴族の宮殿すべてに、幼子イエスが眠る飼い葉おけを中心とした様々なユニークな人形や建物が飾られるようになりました。
19世紀半ばになると、クリスマスにキリスト降誕の場面の人形を飾る習慣はスペインの全家庭にも広がって、その人形や建物などが大量生産されるようになりました。スペインの中では、ムルシア、グラナダ、バルセロナ、オロット(ジローナ)の工場が有名だったらしく、そこで作られた人形はすべて宗教的な店やクリスマス市等で買い求められるようになりました。勿論、ナポリ風の大掛かりなものから、もっと庶民的なものまで様々なスタイルのベレン(Belén)も登場しました。

カガネール君(糞ひり男)の登場!
18世紀頃、バルセロナのあるカタルーニャ州、パエリアの発祥地であるバレンシア州、マジョルカ島で有名なバレアレス諸島では、カガネール(Caganer)と呼ばれる排便する人形が登場します。「糞ひり男」等と呼ばれているようですが、カタルーニャ特有の帽子をかぶった男性がズボンを下ろしてお尻を出し、座って大便を出している姿の人形をベレン(Belén)のどこかに密かに飾るというものです。
笑ってしまうような剽軽な姿のカガネール君は今も人気者で、地中海沿岸のみではなく、スペイン全土でカガネール君を忍ばせているベレン(Belén)は色んな所で見れます。起源は、カガネール君はその糞で土地を肥やすと考えられているらしく、翌年の豊穣・希望・繁栄の象徴とみなされているということです。(ウィキペディア参照)

しかし、スペインの人達がよく教会に対してコッソリ、または堂々と不謙遜な表現をしていた歴史を鑑みると、カガネール君もまたその一つなのかなとも思ったります。実際、教会は、神聖なキリスト降誕場面(Belén)にカガネール君を参加させることについては、不快なものとしてみなしていたようです。それでも人々は、幼子イエスから離れた木の後ろや岩の陰等にカガネール君を置いて、幸福と喜びが舞い込んでくると信じ、カガネール君を置かないと不幸が舞い込んでくると思っていたようです。

今日のベレン(Belén)
確かに以前のようにキリスト降誕場面(Belén)を街の中やお店の中に飾る習慣は少しずづ消えて行っているようです。今のスペインはカトリックの国とは言え、多くの人達の教会離れが進み、宗教の形骸化が進んでいます。そういう現実を踏まえて、市役所等でもクリスマスの飾りは宗教色のないサンタクロースやクリスマスツリーの様な、北アメリカの影響を濃く受けた飾り付けにどんどん取って代わっていっています。
それでも、各家庭ではベレン(Belén)を飾る家はまだまだ多いように思います。知人の中には、約1ヵ月程前からベレン(Belén)を飾るために場所を開けて大きなテーブルを置き、少しずつベレン(Belén)を飾っていくという人もいます。我が家ではそこまで大掛かりなものは飾りませんが、毎年12月も中旬になるとベレン(Belén)用のテーブルを出して飾り付けをするのが恒例となっていて、楽しみの一つでもあります。ある意味では、昔の七段ひな人形を飾る時のワクワクするようなあんな感じです。

最後に
キリスト降誕場面の飾り付けのことをベレン(Belén)と言いますが、この「Belén」とは、キリストが生まれた町ベツレヘムのことです。スペインでは「キリスト降誕場面の飾り付け」も「ベツレヘム」も同じ「Belén」です。また、「Belén」は女性の名前でも使われています。小学生くらいの子供には余り付けない名前になりつつありますが、それでも「ベレン」という名前の女の子はいます。
もし、12月から1月頭にかけてスペインにいらっしゃる機会がある方は、是非スペイン各地で飾られているキリスト降誕場面の飾り付け「ベレン(Belén)」を見てください。カタルーニャ等、地中海沿岸の都市バルセロナやバレンシア等に行かれるのであれば、忘れずにカガネール君も探してくださいね。
マドリードの王宮では、毎年カルロス3世がナポリから持参してきたオリジナルのベレン(Belén)の一般公開もされています。お見逃しなく!

参考
・ナショナルジオグラフィックの「ベレン(Belén)」に関する記事。ローマ時代のカタコンベに描かれたフレスコ画も紹介されています。
https://historia.nationalgeographic.com.es/a/belen-tradicion-mas-entranable-navidad_17504
・マドリードの王宮で一般公開される国の文化財「キリスト降誕のシーン(Belén)」について。ことしは、2025年12月25日、2026年1月1日および6日を除く、2025年12月5日から2026年1月5日までとなっています。スペイン語と英語のみですが、詳しくは以下のウエブサイトからご覧ください。
https://www.patrimonionacional.es/actualidad/exposiciones/los-belenes-de-patrimonio-nacional-0