サラマンカは、旧市街地がユネスコの世界遺産に登録されているとても美しい街です。ヨーロッパの中でも、是非訪れたい街の一つとして名前が挙げられるほど観光するには人気の街でもあります。今回紹介したいのは、サラマンカにあるスペインでも珍しいアールヌーヴォー&アールデコ美術館(El Museo Art Nouveau y Art Déco – Casa Lis)です。

アールヌーヴォー&アールデコとは⁈
アールヌーヴォーは、19世紀末から20世紀初頭にかけてベルギー(ブリュッセル)、フランス(パリ)を中心にヨーロッパ全土へ拡大していった芸術です。虫や植物、女性の姿、そして自然界のモチーフを中心に、流れるような曲線、優雅で有機的な装飾を作り出し、とても芸術性の高いものでした。そこにはその当時ヨーロッパの中で流行していたジャポニズムの影響を強く受け、日本の浮世絵や工芸品からインスピレーションを授かっていました。と同時に、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴として挙げられます。今までにはなかったような芸術という意味で、「新しい芸術」という意味のフランス語が「アールヌーヴォー」なのです。分野としては、建築、工芸品、装飾品、グラフィックデザイン等、多岐にわたっています。鉄を使った建築物の登場により、高層建築物の登場にも寄与しています。有名どころでは、エッフェル塔等がそうでしょう。
アールデコは、第一次世界大戦を境に、装飾を否定する低コストなモダンデザインが普及するようになると、アールデコへの移行が起きました。1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパやアメリカ合衆国(ニューヨーク)を中心に流行した装飾美術です。アールヌーヴォーが自然界のモチーフを中心としていたのに比べ、アールデコでは幾何学図形をモチーフにした記号的表現や原色による対比表現、簡潔で機能的などの特徴があります。(ウィキペディア参照)代表作としては、ニューヨークのクライスラービルがこれに当たります。

モデルニスモとは⁈
スペインでは、この時期に流行した芸術様式のことをモデルニスモ(Modernismo)と呼んでいます。実際は、スペインというよりカタルーニャ地方で花開いた芸術様式と行った方が正しいでしょう。
これは、19世紀末から20世紀初頭にかけてカタルーニャで起こった文化運動であり、芸術(建築、絵画、彫刻、その他の芸術分野)だけでなく、文学、音楽、様々な文化的表現にも反映されました。この時期は、カタルーニャのブルジョワジーの台頭と、その産業、商業、金融における大きな発展によって支えられた経済的繁栄の時代でした。そして、カタルーニャ語の再評価と、文化のあらゆる分野における黄金期をもたらした文化復興運動でもありました。(ウィキペディア参照)
日本でも人気抜群のアントニ・ガウディ(Antoni Gaudí)や、ガウディの師だったリュイス・ドメネク・イ・ムンタネー(Lluís Domènech i Montaner)、カタルーニャのモデルニスモ建築三巨匠のもう一人ジュゼップ・プッチ・イ・カダファルク(Josep Puig i Cadafalch)等が有名どころです。これらの巨匠たちが造ったモデルニスモ建築が隣同士で並んで建っている通りがバルセロナにはあります。スペイン語で「La manzana de la discordia (不和の区画)」と呼ばれる一角です。

上の写真、左からリュイス・ドメネク・イ・ムンタネーのカサ・リェオ・モレラ(Casa Lleó Morera)、エンリック・サグニエール(Enric Sagnier)のカサ・ムリョラス(Casa Mulleras)、ジュゼップ・プッチ・イ・カダファルクのカサ・アマトリェール(Casa Amatller)、アントニ・ガウディのカサ・バトリョ(Casa Batlló)。確かに、それぞれの個性が強すぎて不協和音を放っている感じですね。でも、ほんの数十メートルの間で、これだけ素晴らしい建築を見比べることができるという豪華な通りでもあります。バルセロナを訪れる人は、絶対行くべき場所の一つです。
カサ・リスの歴史
このように、スペインのモデルニスモはカタルーニャを中心に花開き、ここカスティージャ・イ・レオン州にはあまり見かけない建築様式です。実際は、各地にモデルニスモ様式の建築物はあるのですが、ゴシック建築やバロック建築の陰に隠れている感じです。(笑)
そんなちょっと影の薄いサラマンカのモデルニスの「カサ・リス(Casa Lis)」は、ミゲル・デ・リス(Miguel de LIz)の希望で、旧市街の城壁の上に建てられた都市型宮殿です。このプロジェクトを担当したのは、アンダルシア地方出身のホアキン・デ・バルガス・イ・アギーレ(Joaquín de Vargas y Aguirre)で、サラマンカに赴任し、州建築家の職に就いていました。注文主のミゲル・デ・リスは、父親から受け継いだ皮革工場を所有していて、経済的に余裕のある人物でした。そこで、このサラマンカにも当時の新しいスタイルで彼と彼の家族が住む邸宅を注文したという訳です。
「カサ・リス(Casa Lis)」は1906年に完成し、ミゲル一家がしばらく住んでいましたが、あまり長く住むことは叶わなかったようです。というのも1917年には所有者が変わり、サラマンカ大学の次期学長となるエンリケ・エスペラベ・デ・アルテアガ(1869-1966)が家族とともにここに引っ越してきました。その後、「カサ・リス」には様々な賃借人が住みましたが、1970年代には閉鎖され使用されなくなり、衰退と荒廃の時期に入りました。このように、カサ・リスは栄華を極めた時代を経験した一方で、廃墟と化す寸前まで追い込まれた荒廃の時期にも見舞われたのです。そして、時は過ぎ1981年に、サラマンカ市議会はこの建物の価値を認識し、収用手続きを開始しました。これにより廃墟化を免れることができ、現在の美術館へと変身を遂げました。(「カサ・リス」の公式サイトより)

建築家ホアキン・デ・バルガス・イ・アギーレの挑戦
旧市街の城壁の上に住居というか宮殿というか、かなり大きな建物を建築するに当たっては、土地の特徴による問題もあったようです。というのも、この土地は、不規則な形状で城壁に囲まれ、南側に急な傾斜があるという大きな建物を建設するにはかなり難しい土地だったからです、しかし、建築家ホアキン・デ・バルガスは見事に解決しました。それは、住居全体を内部中庭を中心に配置し、各部屋を配置するための役割を持たせるとともに、工業建築の原則に従って鉄とガラスで構成されたファサードを設計しました。そして、高低差を解消するため、庭園テラスと岩で覆われた洞窟を創り出す階段を考案し、全体の軽やかさを演出して、とても美しい建物に仕上げました。その結果は、住宅用途に用いられた数少ない産業建築の事例の一つであり、その壮観さと、バルガスがプロジェクトの制約条件を解決するために示した建築的挑戦性によって唯一無二の存在となっています。(カサ・リスの公式サイトより)

カサ・リスを救え!!
現在、この建物はアール・ヌーヴォーとアール・デコ美術館の本拠地となっており、その展示室や付属施設では、サラマンカ出身のマヌエル・ラモス・アンドラーデ(Manuel Ramos Andrade)から寄贈されたコレクションの一部が展示されています。
彼はサラマンカで生まれましたが、貧しかったため、小さい頃には家族と共にスペイン北部に移住し、その後、フランスでレストランの給仕として働き始めました。更には、オーストラリアに渡り骨董品に興味を持ったアンドラーデは、骨董品店を持つようになりました。オーストラリアで成功していた彼が再びスペインに戻るきっかけとなったのは、彼の母親の病気でした。そして、スペインに戻りバルセロナに住み始め、磁器の人形を購入し始めました。これが、今日アール・ヌーヴォー&アール・デコ美術館で展示されているコレクションの始まりであり、アンドラーデが数年をかけて集めたものです。
アンドラーデは故郷を離れてほぼ生涯を過ごしましたが、小さい頃に数年住んでいた故郷サラマンカに戻り、自身のコレクションを寄贈することを望みました。そのコレクションは現在、彼の名を冠した財団によって管理されており、アール・ヌーヴォーとアール・デコ美術館を運営しています。また、彼の遺志に従い、故郷の村に住む高齢者への社会福祉支援や子供たちへの奨学金支給など、その他の社会活動も行っています。

美術館のカフェ
嬉しいことに、美術館の中にゆっくり座ってコーヒーを飲めるカフェがあります。私が訪れた日は窓際の席は空いていなかったのですが、窓際の席に座ったら、美しいステンドグラスを通して見れるサラマンカの景色も楽しめます。今回、美味しいスペインのカフェオレ(「カフェ・コン・レチェ」Café con leche)とミニ・エンパナーダを注文しました。ミニ・エンパナーダの中身は、ツナのトマトソース。なかなか美味でした。

面白かったのは、カフェの店内にあった電灯に商品タグが付いていたこと。(笑)何だかいかにもスペイン!って思ってしまいました。

最後に
カステージャ・イ・レオン州の観光では、教会や大聖堂など宗教関係の建物が多く、年代的にもロマネスク様式、ゴシック様式、ルネッサンス様式の建築物が主流なので、少し食傷気味になったら今回紹介したアールヌーヴォー&アールデコ美術館に立ち寄ってみて下さい。きっと新鮮でちょっと軽やかな気持ちにさせてくれることでしょう。
「カサ・リス」のアールヌーヴォー&アールデコ美術館にある、19世紀のフランス製磁器人形のコレクションは特に注目に値し、専門家によって世界最高峰の公開コレクションと評されている程です。また、デメトレ・チパルスやフェルディナンド・プライスによるクリセレファンティナ(金象牙細工)の展示も見逃せません。これは、衣服部分に金属、顔や手などの裸体の部分に象牙を組み合わせた小さな彫刻で、アール・デコの象徴となっています。
懐かしいおもちゃや人形を展示しているコーナーもあり、日本人にも馴染み深いキューピーちゃん人形にも会えますよ。是非、サラマンカにいらっしゃる時は、アールヌーヴォー&アールデコ美術館にも訪れてくださいね。

また、「カサ・リス」を建築したホアキン・デ・バルガス・イ・アギーレは、サラマンカの中心にあるマヨール広場の横にある「サラマンカ中央市場(Mercado Central de Abastos de Salamanca)」も建築しています。構造は金属製の柱と梁で構成されてる、モデルニスモ様式の建物です。こちらも是非覗いてみて下さい。

カサ・リス-アールヌーヴォー&アールデコ美術館(El Museo Art Nouveau y Art Déco – Casa Lis)情報
住所:サラマンカ市ヒブラルタル通り14番地 郵便番号37008 (C/Gibraltar,14. 37008 Salamanca)
開館時間:火~金 11:00~17:00、土 11:00 a 20:00 日 11:00~15:00
*2025年の休館日は12月25日、2026年1月1日、1月6日
入場料:一般 7€、65歳以上 3€、学生 3€、14歳未満 無料、木曜日 11:00~14:00 無料
参考
・公式サイト(スペイン語)