各部屋にその部屋それぞれのモチーフで天井画が描かれている(写真: 筆者撮影)

ラサロ・ガルディアーノ美術館(Museo de la Fundación Lázaro Galdiano)とは

在スペイン日本大使館もあるセラーノ通りにある美術館で、同じ通りには国立考古学博物館(徒歩20分ちょい)もあり、今回紹介するラサロ・ガルディアーノ美術館(Museo de la Fundación Lázaro Galdiano)からほんの700m程の所には、以前紹介したソロージャ美術館(徒歩10分)もあります。もう既にプラド美術館・ソフィア王妃芸術センター・ティッセン=ボルネミッサ美術館というマドリッドの3大美術館を訪れた人には、セラーノ通り界隈の美術館・博物館巡りはお薦めコースです。

ソロージャ美術館についてはこちらをどうぞ。

ラサロ・ガルディアーノ美術館(Museo de la Fundación Lázaro Galdiano)には、個人美術コレクターだったホセ・ラサロ・ガルディアーノ氏(José Lázaro Gardiano)が生涯をかけて収集した芸術作品が収められています。その数は12万6000点を超える膨大なもので、コレクションは絵画・彫刻・銀製品・宝石・ほうろう・象牙細工・織物・武器・印刷物・文書・手紙・コイン・陶器・ガラス・価値ある生活用品等多岐にわたっていて、時代的にも紀元前4世紀から20世紀初頭まであります。

必見の作品

スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤを敬愛してやまなかったホセ・ラサロ・ガルディアーノ氏は、ゴヤの作品だけではなくゴヤの手紙まで収集していました。美術館にはゴヤの作品が8点あるそうですが、そのゴヤの作品の中でも特に必見の作品は、「魔女の夜会(El Aquelarre)でしょう。

ゴヤの「魔女の夜会(El Aquelarre)」(写真: 筆者撮影)

ラサロ・ガルディアーノ美術館(Museo de la Fundación Lázaro Galdiano)公式サイトの中で、この作品について、「スペイン社会の大部分を占める不器用で胡散臭い愚かさを真っ向から攻撃したゴヤの風刺は、情熱と無知、迷信と聖職者たちの有害な影響に困惑させられる下層民の人達に向けられた(筆者訳)」と述べられています。この作品が制作されたのは1789年。スペインでは未だ異端裁判が行われていました。異端裁判とは、中世以降のカトリック教会において正統信仰に反する教えを持つ(異端である)という疑いを受けた者を裁判するために設けられたシステム(ウィキペディア参照)です。魔女狩りとは基本的には異なるものですが、魔女という名のもとに異端裁判にかけられ処刑されていた例も多かったようです。それにしてもなんとも不気味な雰囲気を醸し出している絵です。

ゴヤの手書きの手紙もあります。矢張り画家の手紙というのはイラスト付きなんだなと妙に納得した手紙でした。

どんな内容の手紙なのかの説明はないが、鉄砲・犬・飲み物・食べ物等が描かれてる(写真: 筆者撮影)

ゴヤに興味がある方はこちらもどうぞ。

他に必見の絵画として、世界中で30作品ほどしか残存しないヒエロニムス・ボスの作品の一つがこの美術館にあります。それは、「瞑想する洗礼者聖ヨハネ(Meditaciones de san Juan Bautista」です。瞑想しながらも子羊を指さす洗礼者聖ヨハネ。ヨハネは、荒野で自分の後に神の子が現れることを説き、ヨルダン川で人々に悔い改めの洗礼を授けていた人ですが、この絵でも「彼こそが神の子(神の子羊)である」と指し示しているかのようです。

ヒエロニムス・ボスの「瞑想する洗礼者聖ヨハネ(Meditaciones de san Juan Bautista)」(写真: 筆者撮影)

この絵の隣に、一枚の写真が張り付けてあります。簡単な説明には、赤外線フォトリフレクタによると聖ヨハネの隣の奇怪な植物の下には寄進者と思われる人物像が描かれていたということが記されています。下の写真をご覧ください。一体、寄進者からこの描き直しに対して文句は来なかったのかしら?などといらぬ心配をしてしまいました。(笑) それにしても興味深いですね。

ヒエロニムス・ボスの絵は不思議で新鮮(写真: 筆者撮影)

ゴヤ、ヒエロニムス・ボス以外にも有名な画家の作品が多く展示されています。エル・グレコ、リベラ、スルバラン、ベラスケス、ムリーリョ、カレーニョといった錚々たるスペイン画家の作品のみではなく、紹介したヒエロニムス・ボスをはじめ、クラナッハ、レイノルズ、コンスタブルなどヨーロッパのさまざまな画家たちの絵もあります。

そして、必見の価値がある展示物は絵画のみではありません。宝石や教会のミサに使われていた銀製品等が展示されているコーナーも目を見張るものが盛りだくさんです。一つ一つ見ていくとため息が出るような精巧な細工が施されている品物も多くあります。

金銀でつくられた聖櫃、聖杯、十字架などが所狭しと展示されている(写真: 筆者撮影)

ロマネスク様式に興味がある私にとって幾つか興味深いものがありました。一つは12世紀の洗礼盤。洗礼盤とは、キリスト教の洗礼の際に用いられる盤です。今まで見てきたロマネスク時代の洗礼盤の高さは70㎝から130㎝位のものが多かったように思いますが、今回この美術館に展示してあった洗礼盤は約160㎝程ありました。少し低い場所に置いてあったのでしょうか⁈ この高さだと頭に水をかけようにもちょっと高すぎなような気がします。赤ちゃん洗礼の場合でもかなり上の方に赤ちゃんを捧げ持たなければならず、12世紀の人達の身長も鑑みるとかなり疑問符???が付きます。

聖杯(?)から水を飲む対のクジャクが彫られ、縁には十字架の付いた本(?)を持った人の姿が飛び出している(写真: 筆者撮影)

他にも、12世紀の象牙でできた小箱が目を引きました。表情豊かで躍動感溢れる動物や鳥たちが箱に描かれています。

材料は、象牙、木材、銅、模様は木材をはめ込んであるようだ(写真: 筆者撮影)

そして、その箱の正面部分にはアラビア語と思われるような文字が記されていて、ますます興味をそそられます。スペインの物らしいので、もしかしたらスペイン南部イスラム教徒の有力者の持ち物だったのかもしれません。

こちらが正面。蓋の正面部分には、アラビア語らしき文字が……(写真: 筆者撮影)

また、17世紀半ばにフィレンツェ(?)で作られた宝石を入れる家具があまりに素敵でとても気に入りました。木とイタリア石を材料にした寄せ木細工が施されていて、そのユニークで愛らしく、色鮮やかで楽しいモチーフがとにかく可愛い!

真ん中にお座りしているワンちゃんにチョウチョが戯れていたり、鳥たちが虫を捕ったり木の実を食べたり… 色合いも素敵!(写真: 筆者撮影)

考古学情熱に翻弄された人たち

膨大なコレクションの中で一つ面白い逸話がある作品がありました。下の写真の作品です。

蓋の取っ手の部分がナイチンゲールの鳥をかたどったものだったのか。「ナイチンゲールの骨壺」という名前が付いている(写真: 筆者撮影)

この作品は、一見ローマ時代のものに見えます。壺の正面にラテン語が書かれているので、この中に何が入っているのかが記載されているようです。名札を見てみると「ナイチンゲールの骨壺」という名前が付いています。上の写真でもお分かりになると思いますが、蓋の取っ手の部分が破損していてハッキリしませんが、多分ナイチンゲールという鳥をかたどったものが蓋に乗っかっていたのでしょう。大理石でできていて、16世紀のイタリアのものだということ。16世紀ということはローマ時代のものではないようです。名札の横に次のような説明がされていました。

この骨壷の歴史は実に面白い。17世紀にはカミッロ・マッシミ枢機卿の有名なコレクションに収められていたが、競売によりナポリ総督のデル・カルピオ7世侯爵がこの骨壺を手に入れた。当時は古代ローマの作品と考えられていたが、実際は学術的な贋作であり、当時の考古学的情熱の雄弁な一例であったのだ。その蓋はフェリッペ5世とイザベル・デ・フェルネシオによって買い取られ、現在はプラド美術館に所蔵されている。(筆者訳)

なんと、この壺はローマ時代について造詣の深い人によってコピーとして16世紀に作られたものでしたが、あまりによく出来すぎていたため17世紀になってからローマ時代のものだとばかり皆が勘違いして取引されていたという訳です。この説明では、贋作を作ってだまして売りつけようという意図を持って作られたものではなさそうですね。でも、この骨壺の蓋は王夫妻からも買い取られプラド美術館に所蔵されているというので、まるでよくできた話の落ちのようで驚きです。

「フロリード邸園(Parque Florido)」と呼ばれた20世紀初頭の豪邸

ラサロ・ガルディアーノ美術館は、元々は熱狂的なコレクターであったホセ・ラサロ・ガルディアーノ氏の自宅として使われていました。妻の名前がパウラ・フロリード・トレド(Paula Florido Toledo)という名前だったので、妻の名前に因み、邸宅は「フロリード邸園」と呼ばれました。

落ち着いた色の建物(写真: 筆者撮影)

邸宅の設計は、1900年のパリ万博博覧会でスペイン館を建設して名声を得ていた建築家ホセ・ウリオステ(José Urioste)に依頼し、ネオ・プラテレスク様式を踏襲したものでした。1904年1月にプロジェクトの発表がされましたが、建築家とラサロ夫婦との間で合意が得られず、ホアキン・クラマー(Joaquín Kramer)という別の高名な建築家に交代することになります。そして、ウリオステのプロジェクトの一般的な構想を維持し、ラサロが命じた継続的な修正を前提に、新しい設計図は9ヵ月後に完成し、クラメールの甥であるホセ・ロリテの協力のもと、直ちに工事が開始されました。

ところが、ラサロ夫婦の要求に嫌気がさしたクラマーも1906年に辞め、最終的にはバルセルナの建築家フランシスコ・チュエカ(Fernando Chueca)が引き継ぎ、1909年にこの邸宅は完成しました。

ダンスホールの間。床の模様も凝っている(写真: 筆者撮影)

4階建ての建物には、エレベーターも付いていました‼ リフトの移動距離は18.50メートル、速度は毎秒0.5メートルで、操作はボタンで行うため導線は必要なく、220ボルトの直流に対応していました。3つの装置が安全のために備え付けられていて、1つは牽引ケーブルが切れるのを防ぐためのもの、もう1つは降下中に速度が上がりすぎるのを防ぐためのもの、そして3つ目はパラシュートの形をしたもので、不注意で走行中に通路のスペースに入り込んでしまった人々を守るためのものでした。運転台は内外ともマホガニー材でできており、装飾窓、赤いビロードの座席、電気照明、ニッケルメッキの金具が付いていました。(美術館公式サイトより)

20世紀初頭のエレベーター。階段は大理石(写真: 筆者撮影)

今回、私自身はエレベーターを使用しなかったので、今も当時のままの姿で赤いビロードの座席があるかどうかの確認はできませんでした。でも、今も当時のままの姿で運行しているようです。是非乗って、赤いビロードの座席に座ってみてください。100年前にタイムスリップした気分が味わえるかもしれません。

まるで番人のような鎧(写真: 筆者撮影)

最後に

これだけの数で文化価値も高く、多岐にわたる様々な芸術作品が収められている美術館も珍しいかもしれません。子供がいなかったラサロは、自分の死後にコレクションが分散されてしまうのを恐れ、コレクションと彼の邸宅丸ごとを国家に寄贈しました。そのお陰で、私たちが現在こうやってコレクションを見る機会を得ることができています。

ここで紹介できなかった多くの芸術的至宝も実際に見ていただきたいものばかり。どうぞマドリッドにいらした際には是非訪問先ルートに加えて、建物を含めた複合的な芸術作品であるラサロ・ガルディアーノ美術館をを満喫してください。ゆっくり鑑賞されるならば、最低2時間程を予定されるとよいと思います。どうぞ、赤いビロードの座席があるエレベーターにも乗ることを忘れないでくださいね。

尚、お得情報として、火曜日から日曜日の午後2時から3時の1時間は、入場料が無料となります。節約したい方は、この時間帯に行くのも良いかもしれません。

ラサロ・ガルディアーノ美術館(Museo de la Fundación Lázaro Galdiano)会館情報

住所:セラーノ通り122番地 郵便番号28006 (C/ Serrano 122. 28006 Madrid)
最寄り駅:ルベン・ダリオ(Rubén Darío 5号線) 、グレゴリオ・マラニョン(Gregorio Marañón 7号線・10号線)      
開館時間:火~日 09:30~15:00(最終入館 14:45)、16:30 a 19:30(最終入館 19:15) 日・祝 09:30~15:00(最終入館 14:45)         
*月曜日は休館日、2025年の休館日は12月24日・12月25日・12月31日                                 入場料:一般 8€、  65歳以上、学生、大人一人につき7歳から10歳までの子供 5€  無料 大人一人につき7歳未満の子供、火~日 14:00~15:00

*バッグ、リュック、傘、かさばる物、荷物は、美術館のロッカーに預けなければなりません。

参考

・公式サイトに日本語もありますが、情報が更新されていない部分もあるので注意が必要です。(注: 2025年9月現在の一般入場料は8€になっていました。)

https://www.flg.es/japon

・日本語のウエブサイト

https://www.esmadrid.com/ja/kankoujouhou/rasarogarudeianomei-shu-guan-museo-fundacion-lazaro-galdiano

・英語ですが、ラサロ・ガルディアーノ美術館の内部を見ることができる動画です。