スペインの古代ローマ遺跡 - 大邸宅 ラ・オルメダ(La Olmeda)

遺跡はすっぽりと建物に覆われて劣化から守られてる(筆者撮影)

スペインにも古代ローマ時代の遺跡が残っていますが、やはり一番有名なのはセゴビアにある水道橋でしょうか。それともタラゴナの古代劇場でしょうか。セゴビアと同じカスティージャ・イ・レオン州にあるパレンシア県のラ・オルメダと呼ばれる古代ローマ時代の大邸宅は、日本人の観光客がほとんどいない穴場的存在で一見の価値が十分にあります。特にここで発掘されたモザイク画は、ヨーロッパの中でも最も保存状態の良いものの一つです。今日は、日本では知られていない古代ローマ時代の大邸宅ラ・オルメダを紹介します。

ラ・オルメダについて

紀元4世紀、このラ・オルメダと呼ばれる大邸宅は造られました。この大邸宅は当時の大地主が所有し、生活の場として奴隷や使用人達も暮らすあたかも村の縮図といえるようなところだったようです。建物自体の面積が4,400㎡にもおよび、中央には中庭が設けられ、その周りには精緻なモザイク画が施された4つの部屋がありました。部屋が35部屋もあり、そのうちの12部屋には古代ローマの床下暖房の設備が整っていました。また、その35部屋のうちの26部屋には多色装飾されたモザイク画がありそのモザイク画の占める面積は1,450㎡もありました。大邸宅には4つの塔があり、2つは四角形、残りの2つは八角形でした。

ローマ時代の大邸宅ラ・オルメダの見取図(筆者撮影)

このラ・オルメダで是非見て頂きたいモザイク画は、1,500年という時の経過を感じさせないような当時の色が残る美しいものです。人物画には顔の陰影までモザイク画とは思えないほど緻密に表現され、当時の技術の高さがうかがえます。技術の高さといえば、床下暖房設備には驚かされます。ここカスティーリャ・イ・レオン州の冬は長く厳しいものです。当時、寒い冬の間もこれらの部屋で快適な時間を過ごすことができたことは容易に想像できます。もっと時代が下がり中世のお城を訪れると、暖を取るための暖炉は部屋にありますが、どう考えてもローマ時代の床下暖房設備のほうが断然暖かかったろうなと思うと、つくづく古代ローマの技術の高さに舌を巻きます。

ラ・オルメダの遺跡では、古代ローマの共同浴場や墓地も見れます。また、ローマ時代の様々な道具や屋根瓦なども展示してあり、当時の生活の様子がうかがわれ興味深いです。

ラ・オルメダの発見

1968年、この遺跡は偶然に発見されました。ラ・オルメダ遺跡が1500年以上もの長い年月、誰の目に留まることなく静かに地下で眠っていたその眠りを破られ、発掘によりその姿を現すようになったのは、ハビエル・コルテス氏のひとかたならぬ情熱によるものでした。

ハビエル・コルテス氏は、ラ・オルメダの遺跡が眠る土地の所有者で農業を営んでいました。ある場所で何度もトラクターが引っかかることに疑問を抱き、土を調べると小さな同じ大きさの石のようなものが沢山含まれていることに気づきました。そして、それがモザイク画のモザイクではないかと思い、コルテス氏は独自で発掘を始めたのです。それから何と12年間発掘を自費で続けました。その間、大変保存状態の良いモザイク画や数々の生活用品、ローマ時代の硬貨などが発掘されました。1970年から1984年までは自宅の2部屋を展示室として出土してきた様々な物を展示して一般に公開していました。そして、1980年にパレンシア県に土地・遺跡共々寄贈したのです。

このラ・オルメダ遺跡は、ハビエル・コルテス氏の並々ならぬ遺跡に対する情熱から見つかったといっても過言ではないでしょう。

ラ・オルメダ遺跡(筆者撮影)

モザイク画

1,450㎡も占めていたというモザイク画。中でも大広間にあるモザイク画は、オデュッセウスとアキレウスの神話を表しています。下の写真でもわかりますが、保存状態の良い多色装飾のモザイク画が生き生きと描かれています。動きがあり、緻密な陰影によってより立体的なものに仕上がっているうえ、その大きさにも圧倒されます。当時、モザイク画は専門家が作成していました。おそらくこのモザイク画もどこからか専門家を連れてきて作成したものだと考えられています。

このモザイク画のモチーフとしては、スキーロス島のアキレウス、狩猟の様子、イベリア半島の動物、楕円形をしたメダイヨン、肖像画などが描かれています。周りに施された模様も複雑で丁寧に仕上げられています。

中央上にはスキーロス島のアキレウスが。(筆者撮影)
端正なギリシア風の顔立ち。水鳥とイルカの模様も。(筆者撮影)

当時、色鮮やかで美しいモザイク画がこの大邸宅の住人たちの目を楽しませ、訪れる客人たちを驚嘆させたことでしょう。またカスティーリャ・イ・レオン州の長くて暗い寒い冬にあっても気持ちを明るくさせる役割を果たしていたに違いありません。そして、永い眠りから目覚めさせられ、ハビエル・コルテス氏らの目の前にその姿を現した時の彼らが受けた衝撃的な感動を想像するだけで、こちらまでドキドキさせられます。

大広間とは別の部屋に施された8つの花弁がある花模様。(筆者撮影)

浴場

浴場は、温かいお湯の浴場と冷たい水の浴場の二種類があったとのこと。また、浴槽はかなり大きなもので湯船の中で座る場所も設けられ、四角形の四隅は丸くなっていて快適そうです。また、浴場の隣にはお手洗いもあり、驚いたことには、便座は木製でできていて座り心地も計算されていたようです。そして、浴場からの水を使っての水洗トイレ形式でした!

手前が浴場部分で、角は丸く、段差があるのは座るため。奥がトイレになっていて、木製の便座が。(筆者撮影)

博物館 – 聖ペドロ教会(サルダーニャ)

2020年1月現在は、ラ・オルメダから出土した様々な物は近郊の村サルダーニャの聖ペドロ教会に移され展示されています。訪れた時の説明によると、様々な物が出土され、当時の生活の様子を窺い知ることができます。例えば、ラ・オルメダがあるパレンシア県には海がありません。海がある北に位置するアストゥリアス地方まで行くには200キロ以上の道のりですが、ラ・オルメダ遺跡では大量のカキ(貝)が掘り出されているとか。往復400キロ以上もの道のりも美味しいものを求めてなんのその!何か特別なお祝い事がある毎に、アストゥリアス地方の海岸までカキを採りに行っていたようです。また、出土している装飾品に用いられている石-スペイン語ではアサバッチェ(azabache)と呼ばれる黒石(ジェット/jet)-は、スペインではアストゥリアス地方でしか採れない石です。ここの主人はかなり裕福な生活を送っていたようです。私の目を引いた展示物のひとつに、子供用の靴がありました。皮で作られたものですが、とても1500年以上も昔の靴とは思えない機能的かつ可愛いデザインでした。

子供用の皮のブーツ(筆者撮影)

さいごに

ラ・オルメダは単にローマ時代の遺跡を見れるだけではなく、その発見者であるハビエル・コルテス氏の発掘の歴史を知ることも面白いです。また、この遺跡を覆うように建てられた建物自体も、建築という観点から一見の価値があります。今回ご紹介しませんでしたが、ラ・オルメダ遺跡の近くに別のローマ時代のラ・テハーダ遺跡もありますので、併せて見学されることもできます。

その他、ラ・オルメダ遺跡の出土品が展示してある聖ペドロ教会のあるサルダーニャという村は5kmほどの距離にあり、車だと5分程度で行ける村です。今回、村の広場はあいにく工事中で見れませんでしたが、小さいながらも可愛い村です。ぜひ足を延ばしてみてください。

サルダーニャの村の入口(筆者撮影)
サルダーニャ村にあるねじれた家(筆者撮影)

ラ・オルメダ遺跡 開館情報

住所:ペドロサ・デ・ラ・ベガ、パレンシア(Pedrosa de la Vega, 34116 – Palencia)
GPS検索:G.P.S. Latitud Norte: 42° 28’ 50’’ / Longitud Oeste: 4° 44’ 11’’
開館時間:火~土 10:30~18:30(最終入館 18:15)  
*月曜日(祭日に当たる日は開館している場合もあるのでウエッブページでご確認を)・1月1日・1月6日・12月24日・12月25日・12月31日は休館                    1. 入場料(ラ・オルメダ遺跡と聖ペドロ教会の博物館 共通券):               一般;5ユーロ/1人・割引料金; 3ユーロ/1人・特別料金;1,5ユーロ/1人          *12歳までは無料                                   *国際学生証を提示すれば割引料金適用。英語で書かれた教師証明書などがあれば割引の可能性あり。                                           *5月18日と毎週火曜日15:00以降は無料。但し、火曜日はガイドツアー無し。         2. 入場料(ラ・オルメダ遺跡・聖ペドロ教会の博物館・ラ・テハーダ遺跡 共通券):      一般; 6ユーロ//1人 ・割引料金; 4ユーロ/1人・特別料金;2ユーロ/1人          *12歳までは無料                                   *国際学生証を提示すれば割引料金適用。英語で書かれた教師証明書などがあれば割引の可能性あり。                                           *5月18日と毎週火曜日15:00以降は無料。但し、火曜日はガイドツアー無し。 

ラ・オルメダ 情報

ラ・オルメダ遺跡の公式サイト(英語・スペイン語・フランス語)            https://www.villaromanalaolmeda.com/

当時の様子を再現した3Dの映像がYouTubeで見れます。    https://www.youtube.com/watch?v=MRPaXpr7qU8

サルダーニャ村の公式サイト(スペイン語)                        http://saldana.es/index.php/turismo/

ラ・テハーダ遺跡の公式サイト(英語・スペイン語・フランス語)              https://www.villaromanalaolmeda.com/villa/tejada/presentacion

ナショナルジオグラフィックが選んだスペインのローマ時代の遺跡10選(残念ながらラ・オルメダ遺跡は選ばれていませんでした。)興味のある方はどうぞ。               https://historia.nationalgeographic.com.es/a/10-fantasticos-restos-romanos-espana_11129/2

スペイン ロマネスクへのいざない (1)

聖エウフェミア教会 – Iglesia de Santa Eufemia – パレンシア県(筆者撮影)

スペイン ロマネスクは、スペイン北部のみに存在する

ロマネスク様式が花開いたのは紀元11~12世紀にかけてというのが一般的。しかしスペインでは、13世紀に入ってもロマネスク様式が採用されていることが多い。また、12世紀末から13世紀はロマネスク様式からゴシック様式に移行する過渡期であり、ハイブリッドな教会もスペインでは多々見られる。

この時代、スペインはレコンキスタの真っ最中。そう、スペインはキリスト教世界とイスラム教世界の二つの相反する世界に分かれていた時代。この時代は、スペインという統一国が誕生する以前の複雑な歴史を持っている。スペインを旅していると気づくことの一つは、スペイン南部にはロマネスク建築が存在しないことだ。スペイン北部では至る所でロマネスク建築が見られるが、南部にはない。これは、スペイン南部がこの時代イスラム教世界だったからだ。

ロマネスクと巡礼の道 サンティアゴ・デ・コンポステーラ

また、スペインにはキリスト教三大聖地の一つ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」があるが、そのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼が始まったのが10世紀。11世紀にはヨーロッパ中から多くの巡礼者が集まり、最盛期の12世紀には年間50万人を超える人たちが西の果てのこの地へ向かったというから驚きだ。サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼が活発化する時期とロマネスクの時代は一致する。巡礼者たちのための修道院、救護院、教会がロマネスク建築で多く建てられた。今では、これらのほとんどがひっそりと静かに、まるで息をひそめるかのように建っているが、11~12世紀当時はヨーロッパの様々な国、民族の巡礼者が集まる賑やかで色々な情報を交換する貴重な場所だったのだろうと想像すると不思議な気持ちになる。

聖フアン・バウティスタ教会 – Iglesia de San Juan Bautista – パレンシア県(筆者撮影)

ロマネスク建築と修道院の役割

ロマネスク建築について調べてみると、「フランス、スペイン北部、ドイツ、イングランド、イタリアと、これらに囲まれた地域で形成された建築で、東ヨーロッパなどの周辺部については、わずかながらロマネスク建築の特徴を持った教会堂が点在するが、本質的には西ヨーロッパで興った建築である。」(wikipedia参照)とある。

ロマネスクの発展には、修道院の役割が大きく、特にクリュニー修道院とシトー会の活動によるところが大きい。この時代の修道院は、単なる祈りと労働による共同生活の場所ではなく学問と文化を主導する役割を担っていた。そして修道士たちは、自給自足の共同体として、都市部だけではなく、俗世を離れ、辺境の地でも荒地や森林を開墾して自分たちの修道院を建設していった。前述したように、サンティアゴ巡礼に赴く巡礼者たちに宿舎として提供し、また病気に倒れた巡礼者たちを収容して治療を施したのも多くの修道院だった。修道士たちは、聖職者というだけではなく、農民、職人、技術者、医者、薬剤師、教師等の専門家として積極的に働き、共同体を維持していた。中世時代の修道院は、その当時最も先進的な生産組織であり、かつ学問と芸術の中心であった。ヨーロッパ各地にみられる地方色豊かなロマネスク建築は、これらの修道院の存在なしには考えられない。(「西洋建築の歴史」佐藤達生著より)

ロマネスク建築の特徴

ロマネスク建築の特徴としては、厚い壁と小さな窓、そして円形アーチが挙げられる。厚い壁は、石造りの天井が外側に向かって力を働かせる構造になっているため、その天井の重みを厚い壁で支えている。窓は小さく、大理石に似た粒子の細かい半透明の石、アラバスターと呼ばれる雪花石膏がよく見受けられる。円形のアーチはローマ風。全体的に重厚感があり、装飾も少ない。

しかし、少ない装飾の中に興味深いものがたくさん隠れているのもこのロマネスクの魅力の一つだと言えるだろう。神話や伝説上の動物や当時の楽器を持つ音楽士たち、聖書に基づくモチーフや悪霊を追い払うための顔などなど・・・。一つ一つゆっくりと時間をかけて観察すればするほど色々な発見がある。ゴシック建築のような高度な技術がまだ発達していなかった時代の建造物だが、1000年の時を超えて多くのことを私たちに語り掛けてくれる。

聖マリア教会 – Iglesia de Santa María – サラゴサ県(筆者撮影)

スペインのロマネスク建築の特徴

スペイン北部アストゥリアス地方には、ロマネスク様式以前の様式が存在する。プレロマネスク様式またはアストゥリアス芸術と呼ばれているものだ。ロマネスク様式は、前述したように西ヨーロッパにおけるグローバル化のような様式で、国が異なっていても共通するものが多くあるが、ここスペイン北部では独自の様式-プレロマネスク様式またはアストゥリアス芸術-が花開いていた。そこには、西ゴート (ゲルマン民族の一部族で、5世紀にイベリア半島で西ゴード王国を建てた) 、モサラべ (イスラム教徒の治下に混在したキリスト教徒のこと) 、そしてスペイン北部アストゥリアス独自の文化が融合して花開いたものである。

バルディオスのサン・サルバドール教会 – Iglesia de San Salvador de Valdediós – アストゥリアス州(筆者撮影)

これから少しづつスペイン北部に点在するロマネスクをこのブログで紹介していくつもりだ。特に、私が住むカスティーリャ・イ・レオン州にはロマネスク建築である教会、救護院、修道院が多く、ロマネスクの粋といわれるフロミスタの聖マルティン教会もここカスティーリャ・イ・レオン州にある。

スペインの建築物というとガウディのサグラダ・ファミリアやグラナダのアルハンブラ宮殿、セビリア大聖堂などが真っ先に頭に浮かんでくるかもしれないが、スペインのロマネスクの魅力もお伝えしたい。是非、スペイン観光のコースにロマネスク教会や修道院への訪問を加えて頂き、自分の目でみて、重厚感あふれる1000年もの歴史を持つ石たちに触れてほしい。

参考

スペイン・ロマネスク・アカデミー(日本)とAmigos de Románico

スペイン・ロマネスク美術の研究組織で、知識・普及・交流を目的にしている。写真も多く説明もわかりやすい。https://arej.jimdofree.com/ 

スペインでも「Amigos de Románico」という組織があり、本の出版や独自のウェブサイトでスペインのロマネスクに関して貢献している。スペイン語のみだが興味のある方はどうぞ。https://www.amigosdelromanico.org/