県庁所在地ブルゴス市から北へ約50㎞、一年を通して常住している村人の数が10人ちょっとという村というより小集落とでもいった方がぴったりな所に、一見あまり装飾のない直線的な教会があった。モラディージャ・デ・セダノ村にあるサン・エステバン・プロトマルティル教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir)だ。プロトマルティル(Prótomartir)とは、(キリスト教)最初の殉教者という意味。聖人ステファノ(スペイン語名ではエステバン)は、紀元35年または36年頃に石打の刑によって殉教したギリシア系ユダヤ人だった。(ウィキペディアより)
管理人が来て、鍵を開けて中に入れてくれた。中に入った途端、素晴らしいタンパンが目に飛び込んできた。12世紀に作られた教会の玄関は、20世紀に作られた覆いにより風雪から保護されていたのだ。ロマネスクの宝のようなこのタンパンは、アーモンド型の中に座っているキリストを中心に沢山の人物や天使、植物などが所狭しと彫られていてる。キリストが左手に持っている本は、この地上に誕生したすべての人の名が記された「命の書」だ。そして、アーモンド型の枠部分に “vicit leo de tribu iuda, radix David, alelluia” という文字が見える。これは、「ユダ族の獅子。 ダビデの子孫が征服したのだ! アレルヤ!」という旧約聖書の言葉が刻んである。旧約聖書には救世主はダビデ王の子孫から現れるという記述があり、そこから、キリスト教において「ダビデの子孫」とは救世主イエス・キリストを意味する。他には、アーモンド型の外側にカーブを描くように4人の天使が見られるが、これは新約聖書の4つの福音書を書いた、ルカ、マタイ、マルコ、ヨハネを表している。
タンパンを囲む繰り型(縁取り)のアーキボルトは3本ある。下から見ていくと、最初のアーキボルトには真ん中に天使が座りその両側にそれぞれ黙示録の12人の長老たちが楽器を弾いているが、聖書の記述にあるように、キリストこそが「命の書」を閉じている封印を解くことができると祝っている姿を現しているとか。24人の長老たちの頭には光輪がみえる。(「Portadas románicos de Castilla y León formas, imágenes y significados」 Marta Poza Yague, Fundación Santa María la Real del Patrimonio Histórico より)
真ん中のアーキボルトには、新たにユダヤ人の王となる子(イエズス)が生まれたと聞いてヘロデ王がベツレヘムで2歳以下の男児をすべて殺した「幼児虐殺」(La matanza de los inocentes)、大天使ミカエルによるマリアに神の子を身ごもったという知らせをする「受胎告知」(La anunciaióm)、聖母マリアがエリザベトを訪問する「エリザベトご訪問」 (La visitación)、天使によってヘロデ王が幼子イエズスを殺す企てがあると知らされたマリアとヨゼフがエジプトへ逃れる「エジプトへの逃避」 (La huida a Egipto) のロマネスクでよく見られる場面が描かれている。
家に戻って本やインターネットでも探してみたが、「預言者に寄りかかる福音史家を表していると思われる」(Rutas románicas en Castilla y León 2 (Provincia de Burgos)より)とか、「しゃがんだ姿勢の悪魔のようなものを槍で突く天使とされ、罪に対するキリストの勝利と解釈できる寓意的表現である」(arteguia.com より)等と、全く異なる説明がしてあった。
3本の束になっている柱の柱頭部分には主に植物のモチーフが施されていたが、神話に出てくる女の頭を持つ鳥ハイピュリアも見られる。装飾技術の高さやモチーフ等から、同じブルゴス県にあるサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院(Monasterio de Santo Domingo de Silos)の石工の棟梁の弟子たちによって造られたと考えられている。(サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院については、こちらもどうぞ)
ここで紹介したモラディージャ・デ・セダノのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Moradilla de Sedano)は、ブルゴス県のロマネスクを訪ねたルートの中の一つです。こちらのルートを知りたい方はこちらを参考にして下さい。
-「Rutas románicas en Castilla y León 2 (Provincia de Burgos)」出版社:Encuentro Ediciones
– 「Portadas románicos de Castilla y León formas, imágenes y significados」 著者: Marta Poza Yague, 出版社: Fundación Santa María la Real del Patrimonio Histórico