カスティージャ・イ・レオン州,  文化

ロマネスクへのいざない (9)- カスティーリャ・イ・レオン州-ブルゴス県(6) – モラディージャ・デ・セダノのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Moradilla de Sedano)

キリスト教最初の殉教者聖ステファノ(エステバン)に捧げられた教会

県庁所在地ブルゴス市から北へ約50㎞、一年を通して常住している村人の数が10人ちょっとという村というより小集落とでもいった方がぴったりな所に、一見あまり装飾のない直線的な教会があった。モラディージャ・デ・セダノ村にあるサン・エステバン・プロトマルティル教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir)だ。プロトマルティル(Prótomartir)とは、(キリスト教)最初の殉教者という意味。聖人ステファノ(スペイン語名ではエステバン)は、紀元35年または36年頃に石打の刑によって殉教したギリシア系ユダヤ人だった。(ウィキペディアより)

最初の殉教者聖ステファノ(エステバン)に捧げられたこの教会は、1188年に建てられたとガイドブックには書いてあったが、外見はもっと時代が下った様式のようだ。17世紀末または18世紀初頭に後陣(アプス)と翼廊部分の一部が火事で焼け落ちたといわれている (きちんとした文書としては残っていない)。ブルゴス県の中だけではなく、カスティージャ・イ・レオン州の中でも後期ロマネスクの最も優れた教会の一つと言われているのでここまで訪ねてきたが、ロマネスクにしては装飾があまりない外見は、ちょっと期待外れだったというのが第一印象だった。教会の入口は鍵で閉ざされており、中も見れないらしい…。

教会の周りを繁々と見ていると、この教会を見に来たという親子二人に出会った。この二人は、事前にこの教会の管理人と連絡を取っていたので、もうすぐ管理人が来て教会を開けて見せてくれるとのこと。なんて、運がいいんだろう!と喜び、私たちも管理人が来るのをしばらく一緒に待っていた。

村の高台にあるこの教会から見るセダノ谷の景色は美しい。この教会が建てられた12世紀とあまり変わらない景色が広がっているのではないだろうか。

教会の敷地内に十字架があった。(写真:筆者撮影)

教会入口に入るとそこには・・・!

管理人が来て、鍵を開けて中に入れてくれた。中に入った途端、素晴らしいタンパンが目に飛び込んできた。12世紀に作られた教会の玄関は、20世紀に作られた覆いにより風雪から保護されていたのだ。ロマネスクの宝のようなこのタンパンは、アーモンド型の中に座っているキリストを中心に沢山の人物や天使、植物などが所狭しと彫られていてる。キリストが左手に持っている本は、この地上に誕生したすべての人の名が記された「命の書」だ。そして、アーモンド型の枠部分に “vicit leo de tribu iuda, radix David, alelluia” という文字が見える。これは、「ユダ族の獅子。
ダビデの子孫が征服したのだ! アレルヤ!」という旧約聖書の言葉が刻んである。旧約聖書には救世主はダビデ王の子孫から現れるという記述があり、そこから、キリスト教において「ダビデの子孫」とは救世主イエス・キリストを意味する。他には、アーモンド型の外側にカーブを描くように4人の天使が見られるが、これは新約聖書の4つの福音書を書いた、ルカ、マタイ、マルコ、ヨハネを表している。

タンパンを囲む繰り型(縁取り)のアーキボルトは3本ある。下から見ていくと、最初のアーキボルトには真ん中に天使が座りその両側にそれぞれ黙示録の12人の長老たちが楽器を弾いているが、聖書の記述にあるように、キリストこそが「命の書」を閉じている封印を解くことができると祝っている姿を現しているとか。24人の長老たちの頭には光輪がみえる。(「Portadas románicos de Castilla y León formas, imágenes y significados」 Marta Poza Yague, Fundación Santa María la Real del Patrimonio Histórico より)

天使の羽が赤いのは12世紀に作られた当時は多彩色で装飾されていたため。
(写真:アルベルト・F・メダルデ)

真ん中のアーキボルトには、新たにユダヤ人の王となる子(イエズス)が生まれたと聞いてヘロデ王がベツレヘムで2歳以下の男児をすべて殺した「幼児虐殺」(La matanza de los inocentes)大天使ミカエルによるマリアに神の子を身ごもったという知らせをする「受胎告知」(La anunciaióm)聖母マリアがエリザベトを訪問する「エリザベトご訪問」 (La visitación)天使によってヘロデ王が幼子イエズスを殺す企てがあると知らされたマリアとヨゼフがエジプトへ逃れる「エジプトへの逃避」 (La huida a Egipto)ロマネスクでよく見られる場面が描かれている。

また、上半身に鷲の翼を持ち下半身がライオンである伝説上の生物グリフィンギリシア神話に登場する半人半獣の種族ケンタウロスが矢を持つ姿、ライオンの首を切る人物(サムソンか?)なども描かれている。宗教的なモチーフと伝説や神話の生き物などが同じアーキボルトに関係性もなく描かれているのは興味深い。12世紀のロマネスク時代にはまだまだキリスト教一色ではなく、伝説や神話が宗教と共存してもっと自由に表現できたんだろう。

そして一番上のアーキボルトには、生命力の象徴である植物アカントスが施されている。

ケンタウロスやグリフィンの姿も見える。中央に女性が抱き合って再会を喜んでいるのが「マリアのエリザベトご訪問」、その隣に天使と両手を広げている女性は「受胎告知」、左手には「幼児虐殺」の場面も。(写真:アルベルト・F・メダルデ)

入口の両側に柱があるが、左側の柱頭には「最後の晩餐」の場面があり、右側の柱頭には「馬上槍試合」まるで日本の狛犬のような生物などが描かれている。

最後の晩餐(写真:アルベルト・F・メダルデ)
右端が「馬上槍試合」、その隣はまるで狛犬!(写真:アルベルト・F・メダルデ)

珍しいことに、この入口の両側には、しゃがみこんでいる人物の上に立つ2人の大きな像がある。こういった像は初めて見たので、管理人の方に何を表しているのかと尋ねてみると、「下にいるのが悪魔で上にいるのがその悪魔を退治しているとか、下は旧約聖書を表し上は新約聖書を表している等いろいろ言われているが、本当のところはまだわかっていない」との説明があった。

家に戻って本やインターネットでも探してみたが、「預言者に寄りかかる福音史家を表していると思われる」(Rutas románicas en Castilla y León 2 (Provincia de Burgos)より)とか、「しゃがんだ姿勢の悪魔のようなものを槍で突く天使とされ、罪に対するキリストの勝利と解釈できる寓意的表現である」(arteguia.com より)等と、全く異なる説明がしてあった。

こちらが問題の二人?! (笑) (写真:アルベルト・F・メダルデ)

教会の内部

素晴らしい装飾と未だに謎に包まれた入口を見た後に教会の内部へと入ると、3本の柱が束ねられたように立っており、その柱3本ともがジグザグ状に造られている!!! 今から800年以上も前に建てられた教会の中で、まるで現代建築のような斬新なデザインの柱に遭遇しようとは夢にも思っていなかった。管理人によると、世界で唯一だという。何故このデザインなのかということは分かっていないが、たぶんオリエントの影響だろうということだった。

まるで現代建築のような新鮮さ!(写真:アルベルト・F・メダルデ)

3本の束になっている柱の柱頭部分には主に植物のモチーフが施されていたが、神話に出てくる女の頭を持つ鳥ハイピュリアも見られる。装飾技術の高さやモチーフ等から、同じブルゴス県にあるサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院(Monasterio de Santo Domingo de Silos)の石工の棟梁の弟子たちによって造られたと考えられている。(サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院については、こちらもどうぞ)

このブログの最後に載せている動画の中で、「この時代には『ドラゴンを教会の中に入れる』ことは禁止されていたが、ある柱頭部分にはドラゴンの姿が見られ、『ドラゴンが紛れ込んでいるよ』」という説明部分がある。教会内部にドラゴンがいるのは珍しいことだという。空想上の生物ドラゴンが、まるで実在するかのような説明に思わず吹き出してしまった。コッソリとそしてひっそりと800年以上も居座っているドラゴンを愛おしくも感じた。残念ながら、私が訪れた時にはドラゴンの説明がなく、教会を住まいとする「紛れ込んだドラゴン」を見つけることはできなかったので、写真はない。それにしても、禁止されていたドラゴンを教会の中に入れ込んだ石工は冗談でやったのか、それとも禁止されていたことへの抗議か、はたまたドラゴンの姿をしてドラゴンに非ずで別の生物として描かれたのか、今となっては謎だ。

石工による装飾技術の高さが窺える(写真:アルベルト・F・メダルデ)
神話に出てくる女の頭を持つ鳥ハイピュリア(写真:アルベルト・F・メダルデ)
「威厳」「尊厳」を意味するクジャクが2羽(写真:アルベルト・F・メダルデ)
祭壇部分は14世紀に造られたゴシック様式(写真:アルベルト・F・メダルデ)

教会の外

教会の入口がある南側の壁には、20世紀にタンパンを守るように作られた覆い兼入口の左側には3つのアーチが、右側には二つのアーチがある。これは、ロマネスク様式のポーチ型回廊を数世紀後に解体し、壁に取り付けたものである可能性が高い。(arteguia.com より)

解体前のポーチ型回廊は、さぞ美しいものだっただろう。ロマネスク後期の作品でゴシック様式の影響を受けているのか、アーチはロマネスク特有の完全な半円形ではなく、若干頭の部分が尖っているのが分かる。

左側にある3つのアーチ。先がちょっと尖り気味(写真:アルベルト・F・メダルデ)
ドラゴンとハイピュリアの姿が見える(写真:アルベルト・F・メダルデ)

最後に

教会に着いた時のちょっと期待外れ…という気持ちは一気に吹き飛び、入口のタンパンやアーキボルトの素晴らしさ、内部にある忘れられない印象的なジグザグ状の柱など、ブルゴス県の中だけではなく、カスティージャ・イ・レオン州の中でも後期ロマネスクの最も優れた教会の一つと言われていることに納得した。

もし興味のある方は、事前に連絡してから行くべきだろう。扉を開けてもらい、アッと驚かされる素晴らしい装飾や斬新なジグザグ状の柱などがあるロマネスクの魅力一杯の教会内部を見ずして帰ってしまうことだけは避けたいものだ。

ジグザグ状の柱や禁止されていたドラゴンを教会内に施した石工達の考え方や意図するもの等を色々想像しながら、答えのない答えの推理を自分なりに巡らすことも、ロマネスク訪問の楽しみの一つだと改めて実感した。

参考

ここで紹介したモラディージャ・デ・セダノのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Moradilla de Sedano)は、ブルゴス県のロマネスクを訪ねたルートの中の一つです。こちらのルートを知りたい方はこちらを参考にして下さい。

・スペイン語ですが説明が詳しいので、興味のある方はどうぞ。

https://www.arteguias.com/iglesia/moradillodesedano.htm

https://www.romanicodigital.com/sites/default/files/pdfs/files/burgos_MORADILLO_DE_SEDANO.pdf

・スペイン語による説明ですが、教会の中も見れます。ここで説明している人物は、私たちにも説明してくださった管理人の方のようです。

・ブルゴス県の観光案内。英語もあるのでここから教会へ入るための予約をするとよいでしょう。

https://turismoburgos.org/iglesia-de-san-esteban-de-moradillo-de-sedano/#

・参考文献:

-「Rutas románicas en Castilla y León 2 (Provincia de Burgos)」出版社:Encuentro Ediciones

– 「Portadas románicos de Castilla y León formas, imágenes y significados」 著者: Marta Poza Yague, 出版社: Fundación Santa María la Real del Patrimonio Histórico

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