ロマネスクへのいざない (10)- カスティーリャ・イ・レオン州-ブルゴス県(7) – ピネダ・ラ・シエラのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Pineda de la Sierra)

柱廊のある玄関部分から(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

柱廊のある玄関(Galería porticada)の中から見える風景

キリスト教最初の殉教者聖ステファノ(エステバン)に捧げられたこの教会は、12世紀前半に第一期の建設が始められ、半円形の後陣、プレスビテリオ(Presbiterio)と呼ばれる祭壇、正門を含む身廊の最初の二つの部分(主扉を含む)が造られた。12世紀末には、柱廊のある玄関が造られ、最終的には16世紀に教会の拡張並びに修復工事が行われ、塔が造り替えられた。

この教会を見た時、がっしりとした、力強い教会という印象を抱いた。近くにあるハラミ―ジョ・デ・ラ・フエンテ教会 (Iglesia de la Asunción de Nuestra Señora de Jaramillo de la Fuente) のような調和の取れた美しさには欠けるが、柱廊のある玄関の中に入り、そこから見る村は、いくつものアーチとその間に村の家々、山々がある周りの自然が溶け込んだ美しく、心落ち着く風景だった。

ハラミ―ジョ・デ・ラ・フエンテ教会 (Iglesia de la Asunción de Nuestra Señora de Jaramillo de la Fuente)についてはこちらをどうぞ。

教会の入口(Portada)

柱廊のある玄関(Galería porticada)部分に入ると、教会の入口(Portada)がある。半円形の5層から成るアーキボルトは、教会の中へいざなうかのように立体的だ。

自然と教会の中に足を踏み入れたくなるような入口(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

教会が建てられている地形の傾斜のため入口には数段の階段があるが、5層のアーキボルトとこの階段がまるで教会の中の祭壇部分の一点に導いているような錯覚を受ける。

左右の柱頭には様々な彫刻が施されているが、建築当初から柱廊のある玄関(Galería porticada)によって入口(Portada)部分は風雪から守られてきたこともあり、比較的保存状態は良い。900年という歳月を経ていることを考えると保存状態の良さは驚きでもある。

興味深い彫刻としては、石棺に納められた遺体を見守る二人の女性の姿と、それを祝福する教会関係者の姿が三面的に構成されているシーンがある。これは、今も何を表現しているのか議論が分かれているようだ。一説によると聖ニコラウスの生涯の一つのシーンに関連していると言われているが、他の説では地元の伝統的なものを表現しているのではないかとも言われている。(arteguias.com より)

遺体が横たわる石棺を飾る布の襞(ひだ)の表現は素晴らしいものだ。(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

他にも保存状態の良い「東方三博士(三賢王)の礼拝」場面を確認することができる。聖母マリアの膝に抱かれ贈り物に興味を抱く幼子イエスを見ると、普通の子供と同じようで微笑ましくなる。贈り物を捧げる博士の後ろで、もう二人の博士が軽い雑談でもしながら順番待ちしている姿も、見る私たちに親近感を抱かせる構図だ。それにしても、まるで自分は関係ないよとでも言いそうな聖ヨゼフはちょっと気になる。

ロマネスクで特に好まれた「三方博士の礼拝」の構図。白髭をたくわえた跪く老人、その後ろに後ろを向く若者、最後が老人でも若者でもない成人男性の姿をした三方博士たち。(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

ロマネスクの彫刻によくみられる二つに分かれた尾の部分を握る人魚やその人魚に弓を向けているケンタウロスの姿もある。手元にある「Iconografía y simbolismo Románico」(「ロマネスク 図像と象徴(筆者訳)」 出版社 arteguias)によると、男性を象徴するケンタウロスと女性を象徴する人魚という観点から、生殖性やエロチシズムを表現している。その一方で他の解釈として、罪深いものとしての象徴である人魚に対してケンタウロスが信仰の矢を放つことで、人魚を回心させる役割を担っているという。

ロマネスクの彫刻で人気があった人魚とケンタウロス(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

こちらもロマネスクの彫刻によくみられる旧約聖書の中の登場人物として、怪力の持ち主サムソンがいる

怪力サムソンは、古代イスラエル人にとっては英雄的な存在の士師で、髪の毛に力が宿っていた。サムソンは、サムソンの妻デリラに口説かれ、彼の怪力はどこから来るのかを尋ねられて最終的には怪力の秘密を明かしてしまい、デリラに寝ている間に髪の毛を切られて宿っていた力を抜き取られる。こうして金に目がくらんだデリラはサムソンを裏切り、サムソンは敵のペレシテ人達に捕らえられ悲劇的な最期を遂げる。サムソンとデリラを扱った絵やオペラ、小説、映画など多数あるので、ご存じの方も多いかもしれない。

ロマネスクの彫刻では、ライオンにまたがったり、組み伏せたりした長い髪の男として描かれているが、ここでは怪力サムソンがライオンの顎を掴んで倒す場面が描かれている。

狭い柱頭の中に見る人たちがすぐ認識できる構図に上手くまとめられている(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

アーキボルトの外側に左右二つの浅浮彫りがある。左側の浅浮彫りは不思議な生き物と何を意味しているのか分からない場面で、これについて言及しているものを見つけることができなかったのは残念だ。マントを羽織った聖職者(?)がまるで1982年のアメリカのSF映画「E.T.」に出てくる迷子の宇宙人そっくり!な生き物に何か与えているようだ。左側にはオオトカゲのような生き物が逆立ちしたような状態で描かれている。うーん、なんとも言えない不思議な場面だ。

謎の多い浅浮彫り。実は聖女ユリアナとドラゴン、そしてもう一つの生物は…?(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

このブログを公開した後、ブルゴスの観光部に別の件で質問した際、つい最近デマンダ連峰にあるロマネスク建築についての動画を youtube にアップしたということでその動画が送られてきた。その動画の中で簡単にアーキボルトの外側にある左右二つの浅浮彫りについて言及されていた。この謎の人物はマントを羽織った「聖職者」ではなく、聖女ユリアナ(Santa Juliana)だと判明。そして、この聖女ユリアナを中世の絵画や教会の中では、翼のあるドラゴンと戦っている姿や足元にドラゴンを従えている姿で描かれているとのこと。(ウィキペディアより)ということは、左側の逆立ちしたオオトカゲのような生き物は聖女ユリアナに服従するドラゴンを表しているようだ。しかし、右側の「E.T.」に出てくる迷子の宇宙人の正体はまだ不明なままなので、今後正体が判明したら報告したいと思う。

ピネダ・ラ・シエラのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Pineda de la Sierra)の動画。中も少し見れる。

柱廊のある玄関(Galería porticada)

サン・エステバン・プロトマルティール教会の特徴である柱廊のある玄関(Galería porticada)は、前述したように12世紀末の第2次工事で建てられたものだ。同地方のビスカイノス・デ・ラ・シエラにあるトゥールの聖マルタン教会(Iglesia de San Martín de Tours en Viscaínos de la Sierra)やハラミージョ・デ・ラ・フエンテの聖母被昇天教会(Iglesia de la Asunción de Nuestra Señora en Jaramillo de la Fuente)との、様式的な同一性が見られる。これは、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院 (Monasterio de Santo Domingo de Silos)の影響を受けているからだという。(arteguias.com より)

サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院 (Monasterio de Santo Domingo de Silos)についてはこちらをどうぞ。

外から見た柱廊のある玄関。矢張りこの教会の一番美しい部分だろう。(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

柱廊部分は、向かって右側(東側)に5つ、左側(西側)には6つ、合計11のアーチから成り、ほぼ中央に入口用のアーチがある。柱頭の装飾は植物の装飾が中心で、アカンサスの葉、パルメットと呼ばれる棕櫚葉文、果実がぶら下がっているものなど、さまざまな種類のものがある。

果実がぶら下がっている植物(写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

最後に

この地方には、シエラ派(筆者訳 La escuela de la Sierra)と呼ばれるロマネスクの教会や修道院を造った人たちがいた。「シエラ」スペイン語で「Sierra」は、「(比較的低い)連峰、山脈、山」という意味で、この地方がシエラ・デ・ラ・デマンダ(Sierra de la Demanda)というデマンダ連峰の位置することから由来する名前だ。

このシエラ派の人達が造った興味深く、美しい教会が多数この地方にはある。その上、デマンダ連峰の素晴らしい自然、風景は、教会に興味がない人達をもきっと魅了する所だろう。是非、一度、この地方に足を延ばされることをお勧めする。

参考

ここで紹介したピネダ・ラ・シエラのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Pineda de la Sierra)は、ブルゴス県のロマネスクを訪ねたルートの中の一つだ。こちらのルートを知りたい方はこちらを参考にしてほしい。

・ブルゴスの観光サイト。英語もあります。

https://turismoburgos.org/iglesia-de-san-esteban-protomartir-de-pineda-de-la-sierra/

・arteguias のウエブサイト。スペイン語ですが、詳しく説明されています。

https://www.arteguias.com/iglesia/pinedasierra.htm

・デマンダ連峰の観光案内。残念ながらスペイン語のみです。

https://sierradelademanda.com/

・デマンダ連峰にあるロマネスク建築のパンフレット。これも残念ながらスペイン語のみです。

https://sierradelademanda.com/wp-content/uploads/2019/01/FOLLETO-ROMA%CC%81NICO-SERRANO.pdf

参考文献:

-「Rutas románicas en Castilla y León 2 (Provincia de Burgos)」出版社:Encuentro Ediciones

– 「Iconografía y simbolismo Románico」 出版社: arteguias)


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