スペインでコロナが始まる半年ほど前、2019年9月19日にこのリリア宮殿(Palacio de Liria)の一般公開が始まりました。この宮殿の所有者であるアルバ公爵へのインタビューラジオを偶然聴いていた私は、是非この宮殿を訪ねてみたいと思い、チケット購入のためにインターネットにアクセスしてみたのですが、既に翌年2020年2月一杯まで予約は一杯でした。その後、コロナがスペインでも猛威を振るい、ロックダウンを経てワクチン接種も受け、今回やっとマドリードまで行って訪ねる機会に恵まれました!
リリア宮殿(写真:筆者撮影)
アルバ公爵とは?
アルバ公爵について簡単に説明すると、初代アルバ公ガルシア・アルバレス・デ・トレド(Garía Álvares de Toledo)はカスティージャ王国の貴族でアルバ・デ・トルメスという伯爵領を持つアルバ伯爵でしたが、1472年にカスティージャ王エンリケ4世からアルバ公爵へと昇格されます。ちなみに、このアルバ・デ・トルメスという名前の街は今もあり、実は私が住むサラマンカ市から20km程離れたところにあります。その息子ファブリケ・アルバレス・デ・トレド・イ・エンリケス(Fadrique Álvarez de Toledo y Enríquez )は1492年の有名なグラナダ陥落で活躍し、初代アルバ公の孫にあたるフェルナンド・アルバレス・デ・トレド・イ・ピメンテル(Fernando Álvarez de Toledo y Pimentel)はスペイン王カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)やその息子フェリッペ2世に重用され、後世の歴史家からスペイン史の中でも第一級の軍師だと言われているほどです。
18世紀に下ると、マリア・デル・ピラール・テレサ・カジェターナ・デ・シルバ・イ・アルバレス・デ・トレド(María del Pilar Teresa Cayetana de Silva y Álvarez de Toledo)が、自身の権利-アルバ公位の継承者であることを意味する公爵夫人-として、13代アルバ公爵夫人(Duquesa de Alba)となりました。あまりに長い名前なので、一般的にはマリア・テレサ・デ・シルバ(María Teresa de Silva)と略されていますが、彼女は、1776年に14歳でアルバ家の爵位を継いでから1802年に亡くなるまで、なんと56もの爵位を受け次ぎました。スペインの中で一番多くの爵位を持っている公爵夫人だったのです。しかし、彼女には跡継ぎの子供がいなかったので、親戚であるカルロス・ミゲル・フィッツ・ジェームズ・スチュアート・イ・シルバ(Carlos Miguel Fitz-James Stuart y Silva)が跡を継ぐことになり、名前からもわかるように英国人との共同での家になりました。と同時に、スペイン国内だけの爵位だけではなく、英国の爵位もアルバ家は相続していくことになり、ヨーロッパの中でも最も多くの爵位を保持する家となったのです。
そして、アルバ家は今もスペインに残る名門です。スペイン各地に所有する宮廷や土地も数多く、代々芸術に造詣深い一族は、数々の美術作品を所蔵しています。ただ、膨大な歴史的遺産を所有するアルバ家が毎年支払わなければならない税金もかなりの額で、アルバ家は所有する建物を一般公開することで維持を図っています。今回訪れたリリア宮殿以外にも、私が住むサラマンカ市のモンテレイ宮殿(Palacio de Monterrey)、セビージャ市にあるラス・ドゥエニャス宮殿(Palacio de Las Dueñas)が現在一般公開されています。
スペイン屈指のプライベートアートコレクションは、アルバ家の歴史と共に500年以上にわたって収集されてきたもので、絵画のみならず、彫刻、タペストリー、家具、書籍等、多岐にわたる芸術作品におよびます。特に、フランドル地方(今のオランダ・ベルギー)のバロック絵画の巨匠ルーベンスが描いた神聖ローマ帝国の皇帝カール5世(スペイン国王カルロス1世)やスペイン国王フェリッペ4世の絵は素晴らしいものです。また、「スペインの間(Salón de España)」には、まるでプラド美術館のようにベラスケス、エル・グレコ、スルバラン、リベラ、ムリーリョ等が所狭しと壁にかけてあり圧巻です。「イタリアの間(Salón de Italia)」には、ティツィアーノの「最後の晩餐」等があり、必見の価値大です。この「イタリアの間」にも家具の上にもさりげなく写真立てが置いてありましたが、私の目を引いたのは、その中にまだ天皇に即位されていらっしゃった頃の上皇さま、上皇后さまがこのリリア宮殿をご訪問された際の記念の写真立てが飾られてあったことです!
その他、「ゴヤの間(Salón de Goya)」、「踊りの間 (Salón de Baile)」「皇后の間(Salón de Emperatriz)」、「ダイニングルーム(Salón de comedor)」、「図書室(Biblioteca)」等があります。残念ながら、宮殿の中の写真撮影は禁止されていて、写真を撮影することはできませんでした。
ベラスケスが描いたマルガリータ王女もリリア宮殿にいました!(Wikipedia Public Domain)
ゴヤの間(Salón de Goya)
リリア宮殿ではゴヤの絵が幾つか見れると思って期待していましたが、この「ゴヤの間(Salón de Goya)」は期待を裏切らない素晴らしいものでした。
ゴヤの絵で一番最初に思い浮かべるものは何でしょうか? やはり「着衣のマハ」と「裸のマハ」ではないでしょうか。「マハ(maja)」とは、人の名前ではなく、「小粋な女」という意味のスペイン語です。このモデルは前述したあの長い名前の13代アルバ公爵夫人マリア・デル・ピラール・テレサ・カジェターナ・デ・シルバ・イ・アルバレス・デ・トレド(María del Pilar Teresa Cayetana de Silva y Álvarez de Toledo)だったのではないかと言われています。このマリア・テレサとその夫はゴヤのパトロンであり、彼女とゴヤは親密な交際があったとの推測が絶えないようです。実際にゴヤは彼女から様々な絵の依頼を受けて彼女のために絵を描いています。
楽しみにしていたサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院 (Monasterio de Santo Domingo de Silos) へ向かった。サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院は、ヨーロッパ最古の音楽と言われる「グレゴリオ聖歌」を今も修道士たちがミサや祈りの時間の中で歌い続けていることで有名だ。日本でもCDが売られているので聴いたことがある人も多いと思う。
サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院の建設期間は約200年かかったが、この「受胎告知と聖母戴冠(Anunciación y Coronación de la Virgen)」は建設完了時期12世紀末に造られたものだ。 12世紀末といえばゴシック様式初期に当たり、この浅浮き彫りにもゴシック様式である自然的で人間的な表現の萌芽が見られる。大天使ガブリエルと聖母マリアの二人のまなざしはまるで知り合い同士のようで、心なしか口元にはかすかに笑みを浮かべているように見える。と同時に、聖母マリアの堂々として自然な雰囲気が漂っている。聖母マリアの左手に持っている布は何か意味があるのか気になるところ。
感情を押し隠し、豊かな表情に欠けると言われるロマネスク様式の中で、「エマオへの道(Camino de Emaús)」の場面の3人の表情はとても豊かだ。歩きながら話す3人の動きも見て取れる。3人で信仰の話等に花が咲き、イエスとは気づかない弟子たちがこの”見知らぬイエス”との道中を楽しんでいる様子がうかがえる。
キリストの昇天(Ascensión del Señor)と同様にピラミッド型構図で、下から6人の弟子、その上に別の6人の弟子、そして頭一個分上にマリアが描かれ、更にその上には左右に天使、そして頂点に神の手が雲から出てきている。皆、神の手である精霊を見上げる劇的な構図である。尚、 キリストの昇天(Ascensión del Señor)と異なりマリアが使徒たちよりちょっと上に描かれているのは、神と人との仲介者としてのマリアという意味付けで中間に位置しているものである。
30メートルもあるこの糸杉は、樹齢130年を超える。サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院のシンボルともいえる。昔、天と地をつなげるものとして糸杉は捉えられていた。そして、天に向かって伸びる糸杉とまるで地球の中心と繋がるように地下深く掘られている井戸は、ロマネスク様式の中では世界軸(Axis mundi)を構成するものとして位置づけられ、天上の世界を希求する象徴的なものだった。(参照:「Iconografía y Simbolismo Románico」Devid de la Garma Ramírez著)また、永遠かつ超越した神の愛のシンボルでもある。天を目指してまっすぐに伸びていく糸杉に、修道士たちの信仰や希望を感じた。
サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院の回廊の細部を詳細に見ていくにつれて、芸術や建築ががいかに人間の心の琴線に触れることのできるものなのかを、実際に体験できる。ロマネスク様式における回廊が持つ象徴的な意味は、「地上の楽園」である。それは、神と接近し、神を迎え入れる特別な場所であった(参照:「Iconografía y Simbolismo Románico」Devid de la Garma Ramírez著)。修道士や巡礼者たちは、この静かな空間の中で祈り、神と出会い、信仰を深めていったのだろう。
参考
ここで紹介した サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院 (Monasterio de Santo Domingo de Silos)は、ブルゴス県のロマネスクを訪ねたルートの中の一つです。こちらのルートを知りたい方はこちらを参考にして下さい。
「PINTURA ROMANICA PANTEON REAL DE SAN ISIDORO」ANTONIO VIÑAYO GONZALES Y MANUEL VIÑAYO GONZALEZ (Fotogragía) Edición de 1971, CATEDRA DE SAN ISIDORO Y EDITORIAL EVERESTO より
「PINTURA ROMANICA PANTEON REAL DE SAN ISIDORO」ANTONIO VIÑAYO GONZALES Y MANUEL VIÑAYO GONZALEZ (Fotogragía) Edición de 1971, CATEDRA DE SAN ISIDORO Y EDITORIAL EVERESTO より
アエド・デ・ブトロン村にある聖母の被昇天教会(Iglesia de Nuestra Señora de Asunción) (写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)幼子イエスのいないキリスト誕生場面 エル・サルバドール教会 (Iglesia de El Salvador) (写真:アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)