去る2月3日、マドリードにあるスペインが誇るプラド美術館に久しぶりに行ってきました。丁度中国の春節の時期に重なったので中国からの団体さん達の姿が多かったのですが、それでも夏に比べれば少ない方だったかもしれません。まあ、ヨーロッパ内でも人気の美術館の一つなので、何時行っても人は多いようです。
今回、3月30日まで開催されている展覧会の一つ、「プラド美術館の植物散歩(Un paseo botánico por el Prado)(筆者訳)」を見てきました。この企画は、園芸家でもあり芸術の中の植物を研究しているスペイン人エドゥアルド・バルバ・ゴメス(Edurardo Barba Gómez)氏とプラド美術館のコラボで実現したものです。彼は、今までも絵画等の中に描かれている植物を研究した題材を本にして出版したり、ラジオや新聞などでもこの題材について語っています。以前、彼の本を読んだこともあり行ってきました。
各時代の植物の表現方法
エドゥアルド・バルバ・ゴメス(Edurardo Barba Gómez)氏が述べているように、芸術の中で描かれている植物は、各時代によってそれぞれ異なる手法で表現されています。
例えば、10世紀から12世紀にかけてヨーロッパに広まったロマネスク様式では、植物を極限まで単純化することで、植物に独特の美しさやダイナリズムを与えました。今回の展覧会の一つに、マドリードからすぐ近くに位置するセゴビア県のベラ・クルス礼拝堂に描かれている「アダムの誕生」の場面があります。
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上の写真を見ていただくと左端に大きな木があり、その横で神がアダムを創り、アダムが誕生しています。この木はナツメヤシだということ。ナツメヤシはヨーロッパ芸術の世界では常連さんらしく、「楽園」の象徴として描かれてきたそうです。「エデンの園」等をテーマにした絵画には必ずと言ってもいいほど描かれている木だということです。
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また、12世紀~15世紀のゴシック時代には、それぞれの植物、それぞれの花を正確に描写することが目指されたと彼は語っています。ゴシック時代の絵として、初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクの「生命の泉」が紹介されていました。
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この絵の中のどこに植物が描かれているのかちょっと見分けずらいですが、実は、2段目の楽器を弾いている天使たちが座っている緑色の所は、一面の野イチゴ畑です。他にも、20種類程の異なる植物が緻密に描かれていて、ロマネスク時代とはかなり異なる表現方法が用いられていることは分かります。
イチゴはその赤い実がキリストが流した血に見立てられることが多いとか。また、イチゴの葉は3枚の葉から構成されているので、キリスト教の父・子・聖霊を示す三位一体を象徴しているのだそうです。
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そしてルネサンス時代になると、植物自体が主人公となり、静物画が独自の存在感を獲得していきました。その後、16世紀末から18世紀初頭にかけてヨーロッパで広がったバロック時代になると、意図的にバランスを崩した動的でダイナミックな表現が好まれるようになりました。17世紀にスペインの宮廷画家として活躍したフアン・バン・デル・アメンは、多くの静物画を残していますが、その中の一つが今回取り上げられています。
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この絵の中でひときわ目立っているのが、沢山の小さな花によって大きな丸い花の形をしているセイヨウテマリカンボクの白い花でしょう。背景が黒なので余計に浮きだち、存在感抜群です。この花は、元々ヨーロッパが原産の植物ですが、バロック時代ではとても好まれて絵の題材にされた植物の一つだったそうです。そして、現在もこの植物はスペインではよく庭に植えられる人気の植物の一つです。何を隠そう、我が家の庭にもこの木を植えていて、夏になると大きな手毬のような花を沢山咲かせ私たちを楽しませてくれています。
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大航海時代の植物たち
16世紀以降は、大航海時代へと入っていきます。と同時に、遠い国々からもたらされたエキゾチックな植物がスペインにも紹介されていきます。南米・北米・アジア等、今までヨーロッパの人々が見たこともないような色や形の珍しい植物に、多くの人が魅了されていきましたが、芸術家もまた然りでした。芸術家たちは、熱心に植物を観察し、それらを繊細に描き出し、そしてあたかも一人の人間の様な魅力的な姿をキャンバスに収めたのです。
展示会の中では17世紀のスペインの画家トマス・イエペスの静物画が紹介されています。残念ながら作品の写真を撮ることができず、パブリックドメインの写真も入手できなかったのでお見せすることはできませんが、この静物画には東アジアを原産とするハゲイトウという赤・黄・緑の三色カラーの葉が美しい植物が描かれています。(この記事の最後にプラド美術館の本展覧会の公式ウエブサイトを紹介していますが、そこを開いてもらうとこの作品も見ることができます。)もっとも、静物画の中では枯れた花として描かれていて、この植物の特徴である鮮やかな三色カラーは描かれていません。絵のトーンに一致しないとの判断だったのかもしれませんが、画家の意図は謎です。
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植物に託されたもの
昔の人にとって植物はとても身近なものでした。その身近な植物に、神話的または宗教的な意味を持たせたり、高貴な象徴性や伝統的な象徴性も含ませることを芸術家たちはしてきました。何気なく描かれた一輪の花や植物によって、芸術家たちが描く絵の主題を更に立体的にし、意味を際立たせたり奥深いものにしたりする効果を期待していたのです。
エドゥアルド・バルバ・ゴメス(Edurardo Barba Gómez)氏が語るように、現代社会は、こうした植物たちとの結びつきから切り離されてしまいました。このことは芸術作品の鑑賞にも反映され、私たちは絵を見る際、これらの植物たちに全く注意を払うことなく絵の前を通り過ぎていくことが多くなっています。園芸家でもある彼は、「私たちはただ植物たちを探し、それに耳を傾けるだけで、プラド美術館の庭師になったような気分になれる。」と言っています。
最後に
エドゥアルド・バルバ・ゴメス(Edurardo Barba Gómez)氏が指摘しているように、多くの芸術作品は植物で溢れています。何気なく描かれているような小さな植物にも、実は画家が表現したかったことやその植物に託す意味等があり、とても興味深い展示会でした。また、一つの植物が時の権力者の権力の象徴であったり、大航海時代、新大陸からヨーロッパに紹介された植物たちは遠い旅をし、全く異なる環境からやって来たこと等まで思いを馳せると、どんどん想像が広がっていく楽しみもありました。うっかり見落としてしまいそうな植物、これからはもっとじっくりと絵画を楽しむことができそうです。そして、別の角度から絵画や彫刻を観察することができそうです。
もし、3月末までにスペイン、マドリードにいらっしゃる機会があれば、是非この展示会にも足を運んでみてください。きっと新しい発見の散歩となることでしょう。
プラド美術館の公式サイトからこの展覧会の情報を入力することができます。また、今回の展覧会で紹介されている全ての絵画をこちらから確認することもできますので、是非ご覧ください。
国立プラド美術館 開館情報
住所:プラド通り無番地(Paseo de Prado, s/n)
最寄り駅:エスタシオン・デル・アルテ(Estación del Arte 1号線・水色) 、バンコ・デ・エスパーニャ (Banco de España 2号線・赤色)
開館時間:月~土 10:00~20:00(最終入館 19:30)日・祝 10:00~19:00(最終入館 18:30)
*1月1日・5月1日・12月25日は休館 入場料:一般 15€ 65歳以上 7,50€ 無料-18歳未満、25歳未満の大学生(国際学生証必要)、教師(国際証明書必要)
*バッグ、リュック、傘、かさばる物、荷物は、美術館のロッカーに預けなければなりません。