マドリード観光-カルロス3世なしにはマドリードは語れない!

スペインの首都マドリッド。欧州の首都にふさわしく堂々たる建物や大きな通りがあり、ぶらぶら散歩するだけでも楽しい街。美術館あり、噴水あり、並木道あり、カフェテリアあり、エンブレム的な建物ありと、マドリッドの街の風景はとても魅力的です。18世紀のスペイン王カルロス3世は、「マドリッド最良の市長」(El mejor alcalde de Madrid)と言われています。それは、現在のマドリッドの街の風景を彼がつくったからです。

1750年 アルカラ通りから見たマドリード / Wikipedia Public Domain

カルロス3世、ナポリからマドリードへ

カルロス3世は、1716年1月20日スペイン国王フェリッペ5世の三男としてマドリードで生まれました。その後しばらくスペイン南部の街セビリアに暮らしていた時期もありましたが、15歳の時スペインを去ってナポリ王となり、その後シチリア王として24年間シチリアを統治していました。三男という立場から、スペイン国王としては生まれなかったカルロス3世は、シチリア王としてイタリアに生涯暮らすつもりでいたようです。

ところが、子がないまま二人の兄達が死に、思いがけずスペイン国王になることに。本人は、スペイン国王になる気はさらさらなかったようで、病床に付す兄の回復を毎日祈っていたとか。そんなカルロス3世の祈りも神には届かず、1759年12月9日にスペイン国王としてマドリードに戻ることになります。

カルロス3世、マドリードの街を見て嘆く

カルロス3世はマドリードに着いたとき、マドリードの街のあまりの汚さ、不衛生で美しさのない街並みを見て嘆いたと言われています。

その頃のマドリードの街には下水の処理システムなどなく、マドリード市民は各家庭で出る汚水(尿から便に至るまで)をバケツに溜め、家の窓から汚物を投げ捨てる(!!!)習慣がありました。今では考えられないことですが、頭の上から汚物が降ってきたり、歩く道には汚物が悪臭を伴いそこかしこにまかれていて、のんびり通りを歩くこともできないような状況でした。汚物を窓から捨てるときは、「水がいくよ!」「あぶないよ!」という意味で 「¡Agua Va! (アグア・バ!)」と注意を促していたとか。この習慣から、「予告なしに突然」「出し抜けに」などという意味で使われる「Sin decir agua va 」という表現も生まれました。

また、家畜なども我が物顔に通りを歩いていたらしく、彼らもまた所構わず用を足していたので、その当時イタリアからきた旅人たちによる、「なんて臭くて汚い街だ!」という文書が残されているくらいです。

マドリードの街のあまりの悲惨な状態を嘆いたカルロス3世は、マドリードをヨーロッパの首都にふさわしい美しく近代的かつ衛生的な街に整備するため様々な法律や建築計画等を打ち出していきます。

カルロス3世、マドリード大改造

フランチェスコ・サバティーニ / Wikipedia Public Domain

早速、シシリアからフランチェスコ・サバティーニという建築家を呼び寄せ、下水道網の敷設に取り掛かります。また、新しく敷石を敷き、通りの清掃についての計画を次々に実行していきます。その内容は、馬車道には敷石を敷き、歩道を舗装し、家庭から出る汚水は腐敗槽や汚水溜めに誘導し、ごみ収集を行うという画期的な内容でした。これによって、窓から汚水を投げ捨てることも禁じられ、マドリードの街から「アグア・バ!(¡Agua va!)」の声が聞こえなくなりました。ちなみに、この腐敗槽や汚水溜めの汚物は、夜のうちに街の外に運ばれていました。

数年後には、マドリード市民に、自分の家の前の道を朝一番に清掃することや5月から10月までは打ち水をすることを義務付ける命令まで出すという徹底したものでした。また、街の中を勝手に歩き回っていた家畜たちも取り締まりの対象になりました。

その他、カルロス3世は、マドリードの夜の街に街灯をともしました。その数4000本以上あったというから驚きです。また、通りを広くし、広場や噴水などを作り、マドリードの市民が気持ち良く散歩できる環境を作っていきました。通りの代表的なものには、プラド通り (Paseo del Prado)デリシアス通り (Paseo de Delicias)カステジャーナ通り (Paseo de la Castellana) があります。さらに、墓地を街の外れに作ったり、通りや広場に木や植物を大量に植えたりしました。

18世紀のヨーロッパは、聖書や神学など今までの権威から離れて、理性による知によって世界を把握しようとする啓蒙思想が主流となっていた啓蒙時代でした。この啓蒙思想の波はスペインにも押し寄せていて、カルロス3世もこれに従い、歴史学院(Academia de Historia)、言語学院(Academia de Lengua)、法学院(Academia de la Jurispurdencia)、芸術学院(Academia de Bellas Artes)等を次々に開設します。

マドリードにあるカルロス3世ゆかりの建物や通り

カルロス3世が造ったプラド通り (Paseo del Prado) は、マドリードを訪れたら絶対に外せない観光ルートの一つです。この通りは幅広く、並木道で、夏の日差しが強いマドリードでも気持ちよく散歩できる絶好の通りです。そして、マドリード観光お目当てのプラド美術館やティッセン・ボルネミッサ美術館もこのプラド通りにあります

プラド通り (Paseo del Prado) / 筆者撮影

このプラド通りには、カルロス3世が手掛けた建物があります。まず代表的なものは、プラド美術館 (Museo del Prado) です。本来は、自然科学博物館としてカルロス3世が建築家フアン・デ・ビジャヌエバに造らせたものです。そのため、同時に自然科学博物館の隣にマドリード王立植物園 (Real Jardín Botánico) も造らせました。

更に、このプラド通りが始まる場所にシベーレスの噴水 (Fuente de Cibeles) があり、通りを歩いていく途中にアポロの噴水 (Fuente de Apolo) または四季の噴水 (Fuente de las Cuatro Estaciones) があります。ちなみに、シベーレスの噴水があるシベーレス広場は、スペインサッカーチームのレアル・マドリードが勝利した際にパレードが行われる場所で有名です。スペインサッカーファンには見逃せない場所でしょう。さらに歩いていくとホテルリッツ前にネプチューンの噴水 (Fuente de Nepturno) があります。これらの噴水もカルロス3世が造らせたものです。カルロス3世がマドリードの街を美しく、魅力的で、マドリード市民だけではなくマドリード以外から訪れる人たちをも魅了する街にしようという心意気が伝わってくるのが、このプラド通りといえるでしょう。

Archivo:Cibeles con Palacio de Linares closeup.jpg
シベーレスの噴水 (Fuente de Cibeles) / Wikipedia Public Domain

また、マドリードの代名詞ともいえるソル広場 (Puerta del Sol) にもカルロス3世が造ったエンブレム的建物があります。それは、ソル広場の中では最も古い建物で時計台がある王立郵便局 (Real Casa de Correos) です。毎年、大晦日の夜、多くの市民がこの時計台の前に集まります。というのも、年が替わる12時の鐘の音に合わせて、ブドウを12個食べるためです。もし、鐘の音が終わるまでに12個のブドウを食べてしまったら、新年は良い年になるといわれています。もし大晦日の日にマドリードに滞在する機会があれば、あなたも是非12個のブドウ持参で王立郵便局前でスペイン式に新年をお祝いしてみてはいかがでしょうか。きっと忘れられない一生の楽しい思い出になること間違いなしです!

王立郵便局 (Real Casa de Correos) / 大晦日の夜には、12個のブドウ持参の人たちで賑わう / 筆者撮影

その他にカルロス3世の建造物としては、アルカラの門 (Puerta de Alcalá)サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂 (La iglesia de San Antonio de la Florida)カバジェロ・デ・グラシア王立礼拝堂 (Real Oratorio de Caballero de Gracia) などが挙げられます。サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂 は、通称ゴヤのパンテオン (Panteón de Goya) と呼ばれ、スペインの偉大なる宮廷画家ゴヤはこの教会に眠っています。この教会にある天井のフレスコ画「聖アントニオの奇跡」はほかでもないゴヤの作品で、一見の価値がありお薦めです。

サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂 (La iglesia de San Antonio de la Florida) / ゴヤが描いた天井のフレスコ画「聖アントニオの奇跡」/ Wikipedia Public Domain

サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂についてはこちらもどうぞ。

マドリード市民の反応

さて、1760年から精力的にマドリードの改造を推し進めてきたカルロス3世ですが、改造当初はマドリード市民にはあまり受けが良くなかったとのこと。自宅前の道の清掃や打ち水の義務まで課せられた市民は、しぶしぶ実行していたのでしょう。そのことを側近が報告すると、カルロス3世は「わが市民は、体を洗うと泣く子供のようだな。( Mis vasallos son como los niños: lloran cuando se les lava.)」と答えたといいます。言い得て妙とはこのことですね。

この時代、カフェテリアや劇場が現れ、闘牛、ダンス、コンサート等、マドリード庶民の新しい楽しみや習慣が生まれていきましたが、それも皆カルロス3世のお陰です。マドリード市民は、プラド通りなどを散歩し、カフェテリアに入ってその頃人気だった飲むチョコレートとスポンジケーキ(bizcocho)を楽しんだのです。日本の庶民が楽しんだ江戸文化に近いものがあったかもしれません。

そしてついには、1797年にマドリードにやってきたフランス外交官に、「ヨーロッパの中で最も清潔な街の一つだ」と言わしめるほど、カルロス3世が改造したマドリードは、衛生的かつ近代的な街へと変貌を遂げ、21世紀の現在でも魅力的な街となりました

カルロス3世に会いに行こう!

プエルタ・デル・ソル広場 (Puerta del Sol) にある騎馬像は18世紀のスペイン王カルロス3世です。1994年、マドリードの都市改造、近代化を行った「マドリッド最良の市長」(El mejor alcalde de Madrid)」であるカルロス3世の偉業を讃えこの騎馬像が建てられました。カルロス3世は、スペイン国の王であり「市長」ではなかったのですが、、、。300年経った現在、カルロス3世はマドリード市民、ひいてはスペイン人から最も好意を持たれている王の一人です。

狩猟をこよなく愛していたというカルロス3世。別名「狩猟家 (El Cazador)」とも呼ばれています。馬にまたがる姿は一番彼らしい姿かもしれません。プラド美術館には、ゴヤが描いた「カルロス3世、狩猟家 (Carlos III, Cazador)」という作品があります。残念ながら馬上姿ではありませんが。

ゴヤ 「カルロス3世、狩猟家」/ プラド美術館

また、チョコレートが大好きだったようで、毎日同じカップに入れて飲んでいたとか。

カルロス3世が造ったプラド通りを散歩し、プラド美術館や様々な建造物、威厳のある噴水などを鑑賞したら、カフェテリアに入って彼の時代に流行っていた、そして今も多くのスペイン人が大好きな、飲むチョコレートとスポンジケーキ(bizcocho)を楽しんで18世紀のカルロス3世時代に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。300年以上経った今も、カルロス3世が望んだ美しく、近代的で魅力的なマドリードをあなたも実際に堪能してみてください。

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