ロマネスクへのいざない (18)- アストゥリアス州 (5)–ルガスのサンタ・マリア教会 (Iglesia de Santa María de Lugás)

3泊4日でアストゥリアス州のロマネスクとプレロマネスクを訪れた第2日目。中には入れなかったが、「ルガス(Lugás)」という村にある12世紀末に建てられた当時のロマネスク様式の正面玄関入口と南門が残るサンタ・マリア教会(Iglesia de Santa María)を訪れた。

ロマネスク様式が残存する教会の正面玄関入口(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

この旅程を知りたい方はこちらをどうぞ。

このルガス(Lugás)村でお祝いされていた聖母マリア祭は、何世紀もの間アストゥリアス地方での重要なお祭りだったという。サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道「サンティアゴの道(Camino de Santiago)」の一つである「カミーノ・デル・ノルテ(北の道 Camino del Norte)」と呼ばれる海沿いを歩く巡礼者たちが、ルガス村の聖マリア祭に訪れていた。中世を生きる人たちにとってここは巡礼と信仰を具体化する特別な場所、神聖な場所だったようだ。

ロマネスク様式が残る正面玄関入口と南口

サンタ・マリア教会(Iglesia de Santa María)は12世紀末に建設されたが、その後何度も改築・増築されてきた。特に1690年に行われた増築工事により、前述した二つの入口を除き、バロック様式の教会として生まれ変わっている。

正面玄関入口

正面玄関入口には3つの半円形のアーキボルトがあり、柱頭には美しい植物の装飾が施してある。

入口への床はまるでチェス盤の様な白と赤の石畳。その斬新さはお洒落な雰囲気を醸し出している(写真: 筆者撮影)

サンティアゴ巡礼の道の模様

一番外側のアーキボルトには、ここから500km以上離れたフランスとの国境に近い所にあるハカ(Jaca)という場所で最初に始まった「アへドレサード(ajedrezado)」と呼ばれる市松模様が見られる。この模様は、サンティアゴ巡礼の道沿いの教会等に多く用いられているものだ。この模様からもサンティアゴ巡礼の道を通して文化が伝わっていった証明を目にすることができる。

次のアーキボルトは大胆なジグザク模様で、私たちの目を引く。

向かって左側の柱頭に、下の写真に見られる一つだけ植物ではない装飾がある。

柱頭の上部のアーキボルト部分には、当時の青い色彩が残っている(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

これは、旧約聖書のダニエル書に出てくる一場面「ライオンの穴に投げ込まれたダニエル」である。ダニエルはイスラエルの重要な預言者のひとりだが、ベルシア王が自分ではなく神を崇拝するダニエルに腹を立て、腹を空かせているライオンがいる洞窟の中でダニエルを一晩過ごさせた。翌朝ライオンに食われていると思っていたダニエルが、無傷で神に祈っていること見たペルシア王は驚いた。この話がサンタ・マリア教会(Iglesia de Santa María)の柱頭に描かれている。あまりライオンぽくないが、まるでダニエルに甘えるようにダニエルの両肩に前足を載せるライオンの姿が描かれている。

一般的なロマネスクスタイルの「ライオンの穴に投げ込まれたダニエル」では、ダニエルは両手を合わせるか両手を広げて上に揚げている姿で現され、そのダニエルの足元にライオンが描かれ、服従の意を表していることが多い。しかし、ルガスのサンタ・マリア教会では、確かにダニエルは両手を合わせて祈っている様子だが、前述のようにライオンがダニエルの両肩に前足を載せていて、珍しいスタイルの一つだといえるだろう。

教会の入口にあった説明書によると、「ライオンの穴に投げ込まれたダニエル」は、罪や悪霊や悪魔によって束縛されている人間の魂を象徴している。無実の罪によって死刑に課され復活したイエスと、ライオンに食われる刑を課され穴に投げ込まれたにもかかわらず食われることなく無事に穴から出てくるダニエルは、重ね合わされてロマネスクでは表現されていると一般的には解釈されているようだ。(「Iconografía y Simbolismo Románico」より)

柱頭には美しい植物の装飾が施されている(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

様々なの影響を受けた装飾

南口のアーキボルトは2本あり、その装飾は興味深い。

シンプルな中にも存在感があるアーキボルトの模様(写真: 筆者撮影)

上の写真でもよく分かるが、外側のアーキボルトには、嘴のある鳥のモチーフが施されているのが見える。これは、入口の説明書によると、サクソン人からの影響を受けているらしい。サクソン人は北ドイツで形成されたゲルマン系の部族で、4~5世紀にはイギリスにわたってアングロサクソン人となった人たちだ。そして、この嘴のある鳥の模様は、イングランド・フランス・アイルランド等でもよく見られる模様で、アストゥリアス地方でも見られる模様だということ。これも北の巡礼の道を通って様々な文化が伝わってきた証拠の一つだろう。

内側のアーキボルトは、まるで小文字のオメガ「ω」が連なっているような模様だ。入口の説明書によると、「ロージョス・サモラ―ノス(rollos zamoranos)」と呼ばれる「サモーラの円筒状に巻いた形(筆者訳)」で、名前の通りカスティージャ・イ・レオン州のサモーラという街が起源のイスラム文化のオリエンタルな影響を受けた形だとか。

嘴のある鳥と円筒状の模様があるアーキボルト(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

グリーンマン

下の写真は、大きな口を開けて植物の茎や葉を出す擬人化された仮面を持つグリーンマン。

口の中から大きな葉っぱが飛び出してくる動きがある模様だ(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

グリーンマンと呼ばれる植物を吐き出す仮面は、ロマネスクでは頻繁にみられるモチーフの一つであり、生命の無限の再生サイクルに関連する大地から生じた宗教に由来する。何故グリーンマンをロマネスク教会の装飾に多用したのだろうか。今も専門家たちの意見が分かれハッキリした意味は定説としては無いようだ。ただ、生命の無限の再生を表す、すなわち、「再び生まれる、よみがえる」という意味がキリストの復活に結びつけられたのではないかという説もあり、これは納得いく説だと思われる。

最後に

現在は小さな村でひっそりと佇むルガスのサンタ・マリア教会 (Iglesia de Santa María de Lugás)。しかしその装飾を一つひとつ見ていくと、同じスペイン国内で始まったアへドレサード(ajedrezado)」と呼ばれる市松模様や、遠くドイツ北部のサラセン人を起源とする人たちがイングランド・フランス・アイルランド等へ渡りそこで使い始めた嘴のある鳥の模様、そして異教徒文化であるイスラム文化の影響を受けた模様など、距離・文化・宗教を超えてサンティアゴ巡礼の道を通して様々な交流が行われていたこと、伝達されていた証拠となる模様を見ることができたことはとても興味深く、貴重なものであった。

参考

・アルテギア(arteguia)のウエブサイト。スペインロマネスク美術と中世美術を紹介するサイト。本も多数出版している。

https://www.arteguias.com/santuario/santamarialugas.htm

・Youtube でもルガスのサンタ・マリア教会 (Iglesia de Santa María de Lugás)が見れます。