新型肺炎コロナウイルスCOVID-19が世界中を駆け巡り、あっという間に私たちの日常生活がどこか遠い所へ押しやられてしまいました。1年以上が経つ今もこの未知なるウイルスに世界中の人たちが右往左往させられています。
ここスペインでは、2020年3月15日から同年6月21日までの3ヶ月以上も、医療関係者や食料品店、薬局などの最低限必要な物を売る店、警察、消防、銀行等生活するうえでの基本サービス以外は、教育機関、役所などを代表するオフィス、観光関係、バルやレストラン等が全て閉まり、国境も封鎖され、国を挙げての大掛かりなロックダウンが続きました。
私も、必需品は村にある唯一のスーパーに日本のラインにあたるワッツアップを使って注文し、家まで配達してもらっていました。村に週2回来てくれる移動魚屋さんにもワッツアップにて事前に注文し、移動店まで受取り&支払いをしに行き、ごみ出し、銀行での現金引き出しといった最低限必要なこと以外は全く家から一歩も出れない毎日でした。私は、それら必要最低限の外出の機会がありましたが、夫や子供たちは3ヶ月間全く家の敷地から出ませんでした。それでも、我が家は小さいながらも庭があるので、皆、庭をぐるぐる周ったりして憂さ晴らしをしていました。お天気が良い日は、テーブルを出して庭でご飯を食べたり、お茶をしたりして気分転換をしていました。
しかし、街の中に住む多くのスペインの人たちは、あまり広いとも言えないアパートで一歩も外に出られず、息苦しい生活を余儀なくされる毎日でした。マドリッドの街中のアパートでは、一人暮らしの老人や若者が窓から空も見えない部屋で全く外に出られず不安な気持ちで暮らし、子供たちは一日中外遊びもできず何が何だかわからないながらに、外に出たら怖い「COVID-19」という名前のモンスターが歩き回っているかのような恐怖を植え付けられ、オンライン授業にオンラインの仕事と、子供も親も疲れ果てて精神的にも肉体的にも追い込まれていく状況の中で、皆それぞれがグッと我慢して「COVID-19」という名の嵐が去るのを待ちました。
一人暮らしの人たちは全く人と話す機会がなくなり、精神的なダメージを受けたり、お年寄りの方々は家から出れないために足腰が弱り、家の中で転んで怪我をする事例が増えたりしました。その間も、愛する親、妻、夫、子供、友人、職場の仲間等が次々とCOVID-19に襲われ、亡くなった彼らはたった一人でこの世を去っていかなければならない状況に置かれ、残された人はさよならも言えず、見送りもできず、悲しみとやるせない気持ちで苦しみました。
医療現場では、過酷な労働、冷徹な命の選択に迫られる医師たちの苦悶、対応しても対応しても連日増え続ける患者たちを目の前にして無力感を覚えざるを得ない状況に追い込まれる看護師たち、情報が全くないまま手探りの状況で消毒や清掃を命の危険に晒されながらも黙々と使命感を持ってやり続ける病院の清掃係の方々、まるで地獄のようだと嘆きながらも隔離された患者たちを励ますその一人一人の医療現場の人たちの真摯な姿は、私たち全ての人たちの心を動かしました。その現場で頑張っている人たちに敬意の念を伝えるため、そして感謝の気持ちを伝えるため、スペイン全土で毎日、バルコニーから、窓から、家の前から拍手がおこりました。一日中家の中にこもりきりで人の姿も殆んど見られない毎日でしたが、午後8時になると拍手する人たちの姿で一杯となりました。私も毎日午後8時になると玄関前に出て道路にむかって手のひらが痛くなるくらい拍手して感謝の気持ちを表しました。そして、ご近所さん達と「みんな元気?」「ご両親はどうしてる?」「お互い感染しないよう気を付けて頑張ろうね!」と励ましあっていた毎日でした。
長かったロックダウンが終わり、ほっと一息付けたのもつかの間、気の緩みと9月の新学年の始まりによる人の移動のためか、10月に入った途端に再び感染者数が増加し、同月25日から2021年5月9日までの半年間継続的な警戒事態宣言が出されました。今回は昨年3月のようなロックダウンではなかったのですが、ほとんどの大学は完全なオンライン授業、レストランやバルなどはしょっちゅう営業停止へと追い込まれ、州や県をまたいでの移動禁止、夜間外出禁止令なども出て、観光業は閑古鳥が鳴く状況が続き、スペイン経済への大きな打撃は避けられず、多くのお店や飲食店、観光業者の人たちが店じまいを余儀なくされました。
スペインの人たちが一年の中で楽しみにしている、クリスマス休暇に家族と集まり食事を共にして家族のきずなを確かめ合うという例年のクリスマスの過ごし方は皆あきらめ、とても寂しいクリスマスを過ごしました。大晦日の夜中、12個のブドウを鐘の音と共に食べて新年をお祝いするいつもの年の瀬の姿も今年は見れませんでした。それなのに、クリスマス休暇が終わったと同時に爆発的な感染状況に追い込まれ、暗澹たる気持ちで1月、2月を過ごしました。
唯一の望みは、2020年12月27日から始まったワクチン接種。スペインは、第1波で老人ホームなどの施設にいる高齢者の方たちの感染・死亡が多く、私が住むカステーリャ・イ・レオン州での死亡者数の70%は施設に住む高齢者の方々でした。そのため、まずはCOVID-19の一番の弱者である高齢者の命を優先にと、高齢者へのワクチン接種が最初に行われました。その後、医療関係者や警察・消防関係者等にワクチン接種が行われました。また、学校閉鎖を回避する対策として幼稚園、小学校、中学校、高校の教師の方たちへのワクチン接種が優先されました。
ワクチン接種が始まって以来、劇的に高齢者の死亡率が減り、感染者数もどんどん減少していきました。
イースター休暇後にまた感染者数が増えるんだろうな、と皆で心配していましたが、心配していたほどには厳しい状況に追い込まれることはなく、「ワクチン効果が表れてきているみたいだね」と少しずつ皆の気持ちの中で明るいものが湧いてきているのを感じ始めていました。
そして、ついに5月9日に緊急事態宣言が解除され、長い長い暗い暗いトンネルの出口が少し見えてきたような気分でした。
そんな中で、私が所属する合唱団では、天候や状況が許す限り、村の広場を練習場にする許可をもらい細々と練習を再開し始めました。10月から11月、クリスマス休暇後からイースター休暇後までは感染者数が増加したので練習には6人までしか集まれず、また練習場の使用許可が下りず練習できない状況でしたが、5月の警戒事態宣言が解除された後は、それまでの失われた時を回復するかのように練習回数を増やして皆で練習に励んできました。
そして、2021年6月27日にサラマンカ市内のサン・フアン・デ・サグン教会にてコンサートを開催することができました。団員はマスク着用で歌い、観客者数は1/3に減らすという内容でしたが、屋内、それも教会という屋内で再び歌えることに心から感謝しました。教会は、信者の方々の年齢層が高いこともあって色んな意味で厳しい条件下に置かれていたので、まさか教会でのコンサート開催に許可が出るとは思っていなかったのです。
私たちの合唱団は団員数21名の室内合唱団で、「デ・ムシカ・アンティクワ(De Musica Antiqua)」という名前の通りルネッサンス音楽を中心にア・カペラで歌うグループなので、曲のレパートリーからも矢張り教会で歌うような宗教音楽が多く教会の音響に合う曲ばかりなので、私たち団員にとって教会で歌うということには大きな意味がありました。
コンサート後に、私たちの指揮者が「まるで”生き返った(renacer)”ような気持ちになったコンサートだった」と語りましたが、私も同感でした。まるで全ての芸術や様々な活動が制限され、”死んだ”ような状況下にあった中、こうやって教会でコンサートが開けるところまで来たことに対し、まだまだコロナが収束したわけではないけれど、やっと少しでも日常が取り戻せるようになることへの希望の光が見えてきたという感じを、歌った団員の私たちみんなと、聞きに来てくださった観客の皆さんとで共有できたコンサートでした。
元気で歌えること、コロナ感染に至らなかったこと又はコロナから回復できたこと、この教会でのコンサートに一緒に居れること(ずっと、多くの人たちの集まりが禁止されてきたので)、生きていることを感謝して思い切り歌いました。そして、COVID-19のために命を失くした人々、後遺症で苦しんでいる人々、大切な人を亡くして哀しみを背負っている人々、仕事を失くし途方に暮れている人々、今も現場で戦っている様々な職業の人々、移動制限のため離れ離れで会いたい人にも会えない人々等々・・・一人一人の団員がそういう人々に思いを馳せながら心を一つにして歌いました。本当に、今回のコンサート程心待ちにしていたコンサートは今までなかったと思います。と同時に、団員の一人一人の思いが一つの方向に一致したコンサートも今までなかったと思います。
今回のコンサートは録音して私たちの合唱団の youtube のチャンネルにアップしています。ご興味のある方はどうぞお聴きください。
Northern Lights Ola Gjeilo – YouTube
Ave Verum Corpus William Byrd 2 – YouTube
Ubi Caritas Ola Gjeilo – YouTube
今回のコンサート以前のものもお聞きになりたい方はこちらからどうぞ。
Coro De Mvsica Antiqva – YouTube
2021年7月21日現在、スペインはCOVID-19の第5波に襲われています。まだワクチン接種を受けていない10代、20代の若者達の感染率が高く、感染力の強い変異株が蔓延しているということもあり、連日2万人以上の感染者が出ていて再び医療関係者の負担が大きくなってきています。
一体いつになったらこの長い長いトンネルから抜け出せるのでしょうか。
まだまだ収束までの道のりは遠いようですが、日常に感謝しつつ前向きに希望を失うことなく一日一日を生きていきたいものです。
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