ロマネスクへのいざない (11)- カスティーリャ・イ・レオン州-ブルゴス県 (8)– ビスカイーノス・デ・ラ・シエラのサン・マルティン・デ・トゥール教会 (Iglesia de San Martín de Tours en Vizcaínos de la Sierra)

カスティージャ・イ・レオン州

ブルゴス県のデマンダ連峰にある小さなビスカイーノス村は、ペドロソ川のそばにあり、標高1000mを超える所にある。私が目指したサン・マルティン・デ・トゥール教会 (Iglesia de San Martín de Tours)は村へ入る道路に隣接して立っているので、すらっとした鐘楼がいきなり目の前に現れた。

アーチ型夫婦窓が美しい教会だ(写真: 筆者撮影)

この村は、この町を囲む広大な山岳地帯全体と同様に、9世紀末から10世紀にかけて政治的にも人口の面でも重要な位置を占めていた。そして、この時代はアストゥリアス-レオン王国とカスティージャ伯爵領の人口補充が進んだ時期とも重なる。(「arteguias」ウエブサイトより)

シエラ派 (Escuela de la Sierra) の職人たち

以前紹介したピネダ・ラ・シエラのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Pineda de la Sierra)の最後にも言及したが、この地方には、シエラ・デ・ラ・デマンダ(Sierra de la Demanda)というデマンダ連峰があり、そこから由来する名前でシエラ派(筆者訳 La escuela de la Sierra)と呼ばれるロマネスクの教会や修道院を造った職人たちがいた。

ピネダ・ラ・シエラのサン・エステバン・プロトマルティール教会 (Iglesia de San Eesteban Prótomartir en Pineda de la Sierra)についてはこちらをどうぞ。

このシエラ派(La escuela de la Sierra)の職人たちは、主に10世紀、11世紀、12世紀にかけて活躍した。そして12世紀にはその姿が消え始める。理由は、シロス修道院の回廊を作った4人の親方職人たちの覇権が強かったことに由来する。

水平な教会の単調さを破る高い塔、そして特にその彫塑的な造形(escultura monumental)はシエラ派(La escuela de la Sierra)の特徴として挙げられる。また、現在鐘楼としての役割を果たしている塔が、建設当初は防御の役割を担っていたことも特筆すべき点である

その他のシエラ派(La escuela de la Sierra)の教会について興味のある方はこちらもどうぞ。

サン・マルティン・デ・トゥール教会 (Iglesia de San Martín de Tours)

サン・マルティン・デ・トゥール教会 (Iglesia de San Martín de Tours)の最初の教会は、プレロマネスク様式で9~10世紀に建てられたが、11世紀の終わりまたは12世紀の初めに、シエラ派 (La escuela de la Sierra)と呼ばれるロマネスク様式のものに取って代わった。そして、12世紀後半には、同じロマネスク様式ではあるが別の流派であるシレンセ派(La escuela de la Silense)により、柱廊のある玄関(La galería porticada)と、鐘楼(La torre)が追加された。

近代に入り、何度か改修工事が行われた。最も重要なのは18世紀のことで、前述の回廊のある玄関(La galería porticada)が解体され、再建された

車を降りて教会の入口へ歩いていくと、先程目の前に現れたすらっとした鐘楼の姿のイメージとは全く異なる堂々とした姿が現れた。ただ、他のシエラ派(La escuela de la Sierra)による教会に比べ柱廊のある玄関(La galería porticada)は簡素だ。それでも、横の広がりと高い塔による縦への広がりの調和が美しい教会だ。

砂岩の石組みは濃い褐色、または深い紫がかったトーンもある色で、落ち着いた雰囲気がある(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

シエラ派(La escuela de la Sierra)特有の彫刻

コーニス(軒蛇腹)部分にある持ち送りには、シエラ派特有の自然主義ではないが原始的で表情豊かな様々な彫刻が施されている。

2頭のライオンの首をロープで掴んでいる人物が描かれた彫刻は面白いモチーフで注目に値する。

なんとなく漫画チック。2頭のライオンはちょっととぼけた顔をしていて迫力には欠けるが、憎めない(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

こちらは猿だろうか。歯を食いしばって立派な歯を見せているところは笑いを誘われる。

確かに原始的だがとても親しみを持てる彫刻ばかり(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

性を示す男性。頭でっかちでこちらも笑いを誘う。それにしても教会も以前は性に対してもっと寛容だったのだろうか。ロマネスクでは時々見るモチーフである。

教会に想像上の動物などが彫られていてるのは不思議だが、性を示す男性が彫られているのはもっと不思議だ(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

arteguias のウエブサイトには、「これは、メソポタミアから中世ヨーロッパに伝わった古代の図像であろう。」と言及されていました。そうだとすると、これらの彫刻たちは長い時間をかけて遠いところからやって来たんだ、お疲れ様、と労をねぎらいたくなってしまう。(笑)

シレンセ派(Escuela de la Silense) の彫刻

ここから近いサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院 (Monasterio de Santo Domingo de Silos)で活躍した職人達がシレンセ派(La escuela de la Silense)である。前述したように12世紀末にシレンセ派(La escuela de la Silens)の職人たちが、柱廊のある玄関(La galería porticada)と鐘楼(La torre)を造った。彼らが彫った柱廊のある玄関(La galería porticada)の柱頭などはかなりシエラ派(La escuela de la Sierra)のものとは趣を異にしてる。

ロマネスクでは好んで用いられたモチーフの女の頭を持つ鳥ハイピュリアとドラゴンが見える。シレンセ派(La escuela de la Silens)の方が緻密かつ高度な技術があることが分かる。ただ、シレンセ派(Escuela de la Silens)の彫刻のようなユーモラスさ、温かみのある表情には欠ける。

木の実またはブドウを食べるドラゴン(左側の柱頭)と向い合せに配置されているハイピュリア(右側の柱頭)(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

柱廊のある玄関(La galería porticada)の入口の両側にある柱頭には、右側にはライオン、左側にはドラゴンが彫られているが、シエラ派(La escuela de la Sierra)のようなおとぼけライオンではなく、歯をむき出した凶暴な雰囲気を現し毛並みも細かく彫ってあり迫力満点。

同じ教会に施された彫刻も、異なる派の職人の手によるとこんなにも趣の異なるものになるのかと驚かされる(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

鐘楼(La torre)

鐘楼も同じシエラ派(La escuela de la Sierra)が12世紀後半に造ったものだ。この鐘楼は3層から成り、下の層は上層部の構造部分を支える高台としての役目を持ち、南北方向に完璧な半円筒形ヴォールトで覆われている。真ん中の層は、四方にアーチ状夫婦窓があり開口している。上の層は、真ん中の層よりも幅の狭い小窓があり、これもアーチ状夫婦窓である。このアーチ状夫婦窓は、2本の外柱に半円形のアーチで囲まれた中にあるという特徴があり、更にリズミカルな印象を私たちに与える。

上層部分のアーチ状夫婦窓が小さくなることにより、まるで天に昇っているような錯覚も与えられる(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

アーチ状夫婦窓の柱頭には、小型の果実、シダのような葉、人の頭、四足獣、ハイピュリア、ワシなどが描かれている。(「arteguias」ウエブサイトより)

小型の果実がぶら下がっている柱頭(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

四足獣がみえる(写真: アルベルト・フェルナンデス・メダルデ)

最後に

全く異なる時代の様式で改築されている教会や建物は多いが、このビスカイーノス・デ・ラ・シエラのサン・マルティン・デ・トゥール教会 (Iglesia de San Martín de Tours en Vizcaínos de la Sierra)は、同じロマネスク期の中で職人たちが属する派の相違により異なる特徴を持った彫刻や石組みの仕方などがひとつの教会の中に見られる貴重な教会の一つだろう。

洗練されたシレンセ派(La esuela de la Silense)が、温かみがあり表情豊かではあるものの原始的なシエラ派(La escuela de la Sierra)を席巻し、遂には消滅させてしまったというこの地方の歴史から、当時の職人たちの市場獲得の激しさを垣間見たような気がした。

こちらは、造られた時期によって石の組み方の違いや、教会内部にある西ゴード時代の洗礼盤等も見れるので見逃すにはもったいない動画。

デマンダ連峰(Sierra de la Demanda)にあるシエラ派 (Escuela de la Sierra) の建物

今から約1ヵ月ほど前に、ブルゴス県観光課によりシエラ派 (La escuela de la Sierra) の教会を紹介する動画が計10本 youtube にアップされた。その中から幾つか紹介する。残念ながらスペイン語のみだが、内部や教会の周囲などの様子が分かり興味深い動画だ。

・12世紀に造られたバルバディージョ・デ・エレーロスの聖コスメ&聖ダミアン礼拝堂 (Ermita de los Santos Cosme y Damián de Barbadillo de Herreros)を紹介した youtube 。

・プレロマネスク時代の10世紀~11世紀に造られ、その後12世紀に増築されたトルバーニョス・デ・アバホの聖キルコ&聖フリタ教会 (Iglesia San Quirco y Santa Julita de Tolbaños de Abajo)を紹介した youtube 。

・12世紀末に造られたアルランソンの聖大天使ミカエル教会 (Iglesia de San Miguel Arcángel de Alranzón)を紹介した youtube 。

・12世紀に造られたリオカバド・デ・ラ・シエラの聖コロマ教会 (Iglesia de Santa Coloma de Riocavado de la Sierra)を紹介した youtube 。

・12世紀に造られたリコバド・デ・ラ・シエラの聖コロマ教会 (Iglesia de San Millán Obispo de San Millán de Lara)を紹介した youtube 。

参考

ここで紹介したビスカイーノス・デ・ラ・シエラのサン・マルティン・デ・トゥール教会 (Iglesia de San Martín de Tours en Vizcaínos de la Sierra)は、ブルゴス県のロマネスクを訪ねたルートの中の一つだ。こちらのルートを知りたい方はこちらを参考にしてほしい。

・スペイン語ですが、教会についてだけではなく、興味深い図面なども見れます。

https://www.romanicodigital.com/sites/default/files/pdfs/files/burgos_VIZACA%C3%8DNOS_DE_LA_SIERRA.pdf

・こちらもスペイン語ですが、興味のある方は是非ご覧ください。

Iglesia de Vizcaínos de la Sierra, Burgos
Guía de la Iglesia de Vizcaínos de la Sierra, Burgos. Templo románico del siglo XII. ARTEGUIAS

・デマンダ連峰の観光案内。残念ながらスペイン語のみです。

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・デマンダ連峰にあるロマネスク建築のパンフレット。これも残念ながらスペイン語のみです。

https://sierradelademanda.com/wp-content/uploads/2019/01/FOLLETO-ROMA%CC%81NICO-SERRANO.pdf

Iglesia de San Martín de Tours · C. Mayor, 7, 09613 Vizcaínos, Burgos, スペイン
★★★★☆ · 教会

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